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六月四日、くもり。
六月四日、くもり。
この日、沙織の通う高校で、ドラマの撮影が行われることになっていた。
教師役には十代に大人気の俳優・倉橋蓮が主演で起用され、ほかにも生徒役にはCMなどで注目されている十代の男女が共演することで話題になっていた。
エキストラとして、撮影地である沙織の高校に通う生徒が起用されることになり、沙織も「廊下を歩く生徒C」に選出された。
ただのエキストラであるが、教師役の倉橋蓮とすれ違う場面があり、顔も映ることになっていた。
廊下で沙織は、何の台詞もないが渡された台本を握りしめ、どう歩くかを脳内シミュレーションしていた。何も知らない者が見れば、妙な動きしか見えない。
「そんな気合い入れたって、ただのエキストラが芸能界に入れるはずないでしょ」
その様子を見ていた小林柚葉が声をかけた。
沙織と柚葉は中学時代からの友人で、沙織が芸能界に憧れていることを飽きるほどに聞かされている。
「そんなのわからないでしょ。『あれ? このすれ違った子は誰だ? なんかイイんじゃない?』ってなるかもしれない!」
「そんな映画か漫画みたいな展開あるか! すっげー自信過剰」
柚葉が沙織に突っ込みを入れる。
その突っ込みに笑いつつも、沙織は本当にスカウトされるかもしれないと思っていた。
しかし、今回もチャンスが巡ってくることはなかった。
「えぇ? 撮影中止?」
「うん。なんか倉橋蓮の女性スキャンダルが週刊誌に撮られたらしくって……。なんか相手の女性とヤバイ問題になってるみたい」
「そんなぁ……」
こうして、撮影は急遽中止となった。
主演のスキャンダルとあって撮影が再開されるかもわからないらしい。
何台も置かれていたカメラや音声などの機材があっというまに撤収されていく。
機材を運ぶ男が「すいません、通りまーす」と言って、沙織の前を通り過ぎて行った。
沙織は撤収していくテレビ局のカメラを恨めしそうに見ていた。
また沙織の夢へのチャンスが一つ途切れた。
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