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八月六日、雨。
八月六日、雨。
傘を差す沙織は一抹の不安を抱きながら、写真スタジオを見上げていた。
今日、ここでカメラオーディションが開催される。沙織はこのオーディションに参加する。
傘を差したまま、沙織はあたりをゆっくり見渡す。
「誰かをお探しですか?」
いつのまに立っていたのか、沙織の前に黒い傘を差した男がいた。傘で顔は見えないが、この声が誰の声なのか沙織にはわかっていた。
「やっぱりあなたが現れるのね」
少し大袈裟に沙織はため息をついた。傘も一緒に傾き、雨の雫が沙織の前方へ流れる。
対し、男は傘を上げた。茶髪で濃い青の瞳をした色白の顔が現れた。沙織の予想どおり、現れたのは真那斗だった。
「あなたがいるってことは、このオーディションも中止されちゃうの……?」
沙織の問いに、真那斗はすぐに答えなかった。
傘に雨粒が当たって跳ね返る音が響く。
「……いえ。今日は別の出来事を変えるために来ています」
「え! そうなの!?」
沙織は、目を見開き、驚きの声をあげた。
「……前回もあなたの邪魔をしているわけではないと言ったはずですが」
「じゃあ、今日は何をしに……」
「だから別件です。内容は守秘義務があるのでご説明はできません」
「……そっか。まぁ、何にしても、このオーディションは止められないと思って受けてきてイイんだね!」
「そういうことですね。何も気にせず頑張ってください」
「うん! ありがとう!!」
歓喜の笑顔を浮かべ、踵を返し、沙織は写真スタジオへと向かっていった。
が、ふいに立ち止まり、沙織は振り返った。
「なにか?」
真那斗が尋ねた。
「なんかいろいろあったけど、わかったこともあったよ」
「それはなんです?」
「私はやっぱ芸能界の夢を諦められない。これが私の生きる道」
沙織は真那斗を傘を持たない左の人差し指で指差した。
「未来で私のライブに来てくれたら、ステージに上げてあげるよ。五万人の中で一人だけね」
「光栄ですが、ファンに怒られそうですね、なんだこいつって」
「ちゃんと理由も言ってあげるよ。あなたを選んだ理由は、私をこの世界に導いてくれた人だからですってね」
真那斗は微笑んだ。
「未来で会おうね!」
沙織も微笑むと、また翻し、写真スタジオへと小走りで向かっていった。
弾む彼女の足取りに合わせて、アスファルトで跳ね返る雨粒までが踊っているように、真那斗には見えた。
「――あれでよかったの?」
真那斗の背後から声がした。
赤い傘を差した髪の長い女が真那斗の後ろに立っていた。
「何が?」
振り返らずに、真那斗は言った。
「クライアントの依頼、断ったんでしょ? 本当は、このオーディションを中止させることを依頼されてたのに」
「別に」
そう言って、真那斗は、赤い傘の女側に身体を向けた。
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