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「本日のお打掛もそうでございますが、ほんに御方様には赤がお似合いにございます。上様は御方様のお似合いの色をよくご存じでいらっしゃいますね。これなどいかがにございますか?」
初瀬は赤い反物を志乃に当てて見せた。派手派手しくなく、鞠の描かれた上品なそれは、確かに志乃によく似あっている。派手さを好まない志乃のことを家光はよくわかっているのがこの反物ひとつで見て取れた。否、この反物だけではない。家光が志乃に与えた、そのすべてが物語っている。
「上様からのお心はありがたく思いますが、私はそのようにたくさんのお着物は必要ございません。このように雅なものは身の丈に合いませんから、落ち着きませんし……」
今まで剣術に明け暮れてきた。そんな志乃が急に着物だ櫛だと美しいものに囲まれて過ごせるわけがない。
「お気に召しませぬか? では、どのようなものでしたら落ち着かれましょう?」
地味で飾り気がなく、何より大切なのは引きずらなくてもよい着物。初瀬に問いかけられてすぐに思いついたのはそれだった。ちょうど向こうに見える奥女中の着物姿が理想のままであったので、志乃は思わず何も考えることなく歩いている女中を示した。
「あの方のような着物が良いです」
初瀬を含めた奥女中達が、志乃の示した奥女中を振り返った。その者は何か用を申し付けられたのだろう御末で、縞の着物に前掛けをしていた。御末は水くみや掃除、駕籠かきなどの雑務をこなすため動きやすいよう裾は引きずらず、与えられた縞の着物以外でのお勤めは認められていない。
志乃が指し示すのが御末であるとわかった時点で、初瀬はこみ上げるため息をどうにかかみ殺した。
「御方様、あれは御末の着物にございます。この大奥には身分によって着物の柄一つにも決まりがございます。ご側室のお志乃の方様が御末のような恰好をなさっては、皆に示しがつきませぬ」
「そうでございますよ。このように美しい反物を上様より賜っておられながら、何故御末のような恰好をなさりたいと思われますのか」
奥女中達からすれば志乃の言動は奇異に見えたことだろう。贅沢することが最高の栄華。それをすべて手にしているというのに、志乃はそれを窮屈だと思っている。
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