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「御引きずりは慣れません。上手く裾をさばくこともできませんし、いつか足で踏んで転んでしまいそうで……」
それに打掛に手を添えて歩くのにも慣れなかった。刀を扱ってきた身には、常に両手が塞がっているなど考えられない。
だが奥女中達は流石に、じゃぁ御末の着物を志乃に与えようなどと思うはずもなく、どうしたものかと思案したのち、そうだ、と顔を綻ばせた。
「では御引きずりになれる為にも、昼餉の後はお散歩なさいませぬか? 薙刀の指南で大奥に来られていたとはいえ、まだ大奥すべてをご覧になったことはございませんでしょうし、よい気晴らしになると思うのですが」
江戸城は広大で、その中にある大奥もまた、奥女中千人以上が住まうだけあってとても広い。確かに志乃はその大奥の一部しか知らないと思い辺り、ジッとしているよりは歩くだけでも良いから身体を動かしていた方が気がまぎれるだろうと、志乃は了承した。初めて志乃が頷いたとあって、奥女中達はどこにご案内しようか、と楽しそうに話し合っている。
そうこうしているうちに昼餉の時間となり、その御台所に劣らぬ豪華な食事の数々に、また眩暈を感じたのは、志乃だけが知るところであるだろう。
昼餉が終われば、さっそくとばかりに初瀬に連れられて部屋を出た。柳生の屋敷では考えられないほどに長い回廊をゆっくりと歩く。埃一つないようにと、御末達が掃除に動き回り、水を汲んでは柱を磨いている。志乃が姿を現せば皆が両端に避けて、そこが地面であるにも関わらず膝をついて平伏していった。小袖を引きずる者も、介取を羽織る者も、志乃が通る度に端に避けて平伏していく。その光景に志乃は思わず立ち止まってしまった。
「いかがなさいました?」
足を止めた志乃に、初瀬が近づく。
「もしや、お勤めのお邪魔をしておりますでしょうか?」
小声で尋ねれば、初瀬はそんなことか、とクスリと笑う。
「何もお気になさる必要はございませぬ。さぁ、どうぞこちらへ」
初瀬達が志乃を促す。奥女中達を気にしながらも部屋の説明などをしていく初瀬の声に耳を傾ける志乃であったが、前から御引きずりの着物を着た奥女中を目にするたびに端に寄ろうとしてはそっと初瀬に止められていた。
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