光~徳川家光が愛した女子~(2)

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「上様のおなりにございます!」  鈴が鳴る。御鈴廊下と呼ばれるその所以。鈴の音と共にズラリと並んだ奥女中達は一斉に三つ指ついて頭を下げた。錠が外され、中奥と大奥を繋ぐ襖が開かれる。姿を現した家光に、場の空気が変わったような気がした。このお鈴廊下は奥女中達にとって家光に見初めてもらう最高の機会。名を尋ねられれば、その者がその夜の伽を申し付かるのだ。だが家光はチラと志乃を見ただけで、無言で足を進めた。  御小座敷の上座に家光が座し、お目見え以上の奥女中が位に応じて家光に近い場所からズラリと並んで座る。今一度丁寧に礼をした。お鈴廊下でも見かけなかったが、御台所の孝子はこの総触れにも顔を出していない。 「上様におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じ奉ります」  大奥を束ねている春日局が朝の報告などを済ませるのを、志乃は静かに聞いていた。総触れというものは形式上のものが多いのか、さほど長くもなく終わる。  家光が政務のため中奥に帰るのを見送ってから、他の者に倣い志乃も立ち上がる。部屋に帰ろうとした時、初瀬がそっと志乃を止めた。 「上様のご命令にて、こちらにお越しを」  家光は今から政務ではないのか? と疑問に思うが、側室とはいえ奥女中に変わりない志乃にそれを断ることなどできるはずもなく、言われるがままに志乃は裾をさばいて歩き出した。  小さな茶席に促されて中に入る。そこにいる裃姿の男達に志乃はハッとして足を止めた。頭を下げていても、志乃にはわかる。 「御方様、どうぞこちらへ」  初瀬に促されて男達に向かい合うよう、上座に座す。気を利かせてくれたのか、志乃に付き従ってきた奥女中達は部屋を静かに出て行った。 「……父上――……」  それしか、志乃は声にならなかった。目の前で顔を上げたのは確かに宗矩で、その後ろには友矩と俊矩が控えている。
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