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志乃に与えられた部屋は広く華美で、どこか居心地が悪い。家光が用意させたのだろうか、いつの間にか置かれていた刀掛台に宗矩から渡された愛刀を掛けた。
「初めての総触れでお疲れにございましょう。お茶をご用意いたします」
奥女中達は何くれとなく志乃に構おうとするが、志乃はどこか小さな狭い部屋で独りになりたかった。とはいえここは江戸城大奥。あちこち勝手に行くわけにはいかない。促されるまま上座に座る。懐から花袋を取り出した。その褪せた花びらの部分を指でなぞる。
「……幸、あれ」
今でも思い出す。兄が志乃の為に願いを込めてくれた、花袋。何年も指でなぞりすぎたそれは汚れて元の美しさはないが、どうしても手放すことができなかった。
「御方様、どうぞ」
初瀬が恭しく渡してくれる茶をぎこちなく受け取る。
「あの……、一人で大丈夫でございますから」
放っておいてくれて構わない。柳生の家では何もかもを一人でしてきたのだ。何もかもを誰かにしてもらうのは居心地が悪い。しかしそんな志乃の思いは誰もが理解しながら、誰もがそれを受け入れてはくれない。
「なりませぬ。春日局様より誠心誠意御方様にお仕えするよう、きつく申し付かっております。御方様のお世話申し上げますのが、私共の役目にございますれば」
初瀬にぴしゃりと言われては、志乃は何も言えなくなる。今は志乃の方が主人の立場だが、つい先日までは彼女達の方が上にいたのだ。癖もあって、どうにも強く出ることができない。
居心地の悪さに志乃は視線を彷徨わせる。そこでふと、思い出した。
「あの、私はここで何をすればよいのでしょうか?」
大奥の女子達は皆役割を持っている。だが志乃は薙刀の指南をしていただけなので誰が何をしているのかも知らなかった。
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