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「それはできませぬ。どうかそのような場所には近づかれませぬことを重ねてお願い申し上げます。お暇でございましたら、上様からの贈り物をご覧になられましたらいかがでございましょう? お気に召したものを呉服の間に申し付けられお仕立てなさるのも良いかと思われます。それをお召しになったお姿を見れば、上様も殊の外お喜びになられましょう」
妹の梅はともかく、志乃は己の着るものになどさほど興味がないことを春日局は当然知っているはずだが、着物や飾りを見て楽しめと促した。
「それでは私は用がございますゆえ失礼いたしますが、くれぐれも先ほど言われたような場所には近づかれませぬよう、お身体をゆるりとお休めくださいませ」
それでは、と春日局は礼をして立ち上がった。シュルシュルと衣擦れの音をさせながら、大勢の奥女中と共に去っていく。大奥の頂点に君臨する春日局に礼をもって接せられる違和感と緊張に、志乃はホッと息を吐いた。ようやくまともに呼吸ができたような気がする。
「御方様、昼餉までまだ時間がございますれば、上様からの賜りものをご覧になりましょう」
「そういたしましょう。上様からの賜りものならば、きっと素敵な物ばかりでございましょうほどに」
初瀬や奥女中達が明るく言ってみせる。奥から次々と運ばれる品々に、キャァキャァと歓声を上げていた。
「なんと美しい帯でございましょう。まぁ! こちらは西陣では?」
「こちらの櫛もなんと美しゅうございましょうか。こちらには簪もございます」
部屋を埋め尽くすのではないかというほどに広げられた沢山の美しい品々。美しいが、それは志乃には身に余るものでしかない。だがこれもまた、志乃に肩身の狭い思いをさせまいという家光の気遣いなのであろうことは、志乃にもわかっていた。
どことなく、着物や打掛、小物も赤が多いような気がする。あるいは赤に合う色合いの……。
〝しのは、ももいろよりも、あかのほうがすき〟
ふいに幼き日の声が蘇った。もしや……、家光はあの幼き日のたった一瞬を、今でも覚えていてくれたのか?
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