■1 マドリッド

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 *  美緒のために早起きしてパンケーキを焼き、目玉焼きを焼いて、ウインナーもつける。リンゴをむいて、ウサギの形に皮を残した。  美緒はそれを見て、ちょっと驚いたようだったが、パンケーキが大きすぎるとか、目玉焼きが半熟じゃないとか、ウインナーがタコやカニじゃないとか、リンゴは皮が食べられないとか文句を言った。それでも一通りは食べた。 「幼稚園は休んで、動物園に行こう」  達哉が言うと、美緒は目を丸くした。「動物園?」 「別に何でもいい。水族園でも植物園でも、公園でも、遊園地でも」 「幼稚園に行きたい」美緒は達哉をじっと見た。 「幼稚園は嫌いだって言ってたじゃないか」達哉は肩をすくめた。 「嫌い。でも達哉と遊ぶよりマシ」 「なんで。俺、何か悪いことした?」  美緒は黙って達哉を見た。 「俺がママから君を取り上げたと思ってる?」  コクリと美緒はうなずいた。 「そうか」達哉は頬杖をついてため息をついた。「そうだよな。向こうにも友達はいるだろうし。じゃぁこれで最後にしよう。君がマドリッドに来るのは」 「ほんと?」  達哉はうなずいた。「ほんと」  美緒はじっと達哉を見つめた。少しかわいそうになる。 「寂しい?」 「ん?」達哉は美緒を振り向いて、それから笑った。「俺がロンドンに会いに行くよ」 「じゃぁ今日、ロンドンに帰ろうよ」 「今日か」 「お仕事、休みなんでしょ?」 「今日、動物園に行って、明日ロンドンってのでどうだろう?」  美緒は少し考えて、うなずいた。「いいわ」  達哉はにこりと笑った。 「イルカショーもあるし、レオン・マリーノのショーやバードショーもある」達哉が運転しながら言った。動物園を本人が一番楽しみにしてそうだ。 「レオンマリーノって何?」美緒は日本語で聞いた。 「海の動物。黒くて、手で歩く。拍手とかする」 「わかんない」美緒は口をとがらせた。 「見ればわかる」 「ウサギはいる?」 「いない」 「えーーーー?」  達哉は苦笑いした。「パンダはいる」 「ウサギがいい」 「ロンドン動物園で見よう」 「嫌だ」  *  と言っていたが、美緒はパンダにも夢中だった。達哉は美緒の五歳らしいところをようやく見られた気がしたし、少しは彼女の態度が軟化したような気もした。  ランチは家から持ってきたサンドイッチを食べた。美緒はイチゴジャムをぬったものだけ食べた。  園内には白い電気鉄道が走っていて、美緒はそれに乗りたいと思っていたが、達哉に頼むのも変な気がして黙っていた。 「美緒、アレに乗ろう」  達哉がそう言った時、美緒は自分が物欲しげに電車を見てしまったのかと思った。が、達哉は自分が乗りたいと思っているように、電車をじっと見ていた。 「やだ」美緒は顔をしかめた。 「乗ろう」  達哉はそう言って美緒の手を取った。美緒が渋っていると、達哉はひょいと彼女を抱え上げた。 「Help me!」  美緒は叫んだが、スペイン語では何て言うんだっけと少し考えた。 「美緒、向こうにキリンが」  達哉が言って、急に止まった。美緒は達哉の肩を持って前を見た。警察官みたいな制服を着た人が二人いて、ピストルを達哉に向けていた。 「止まれ」ともう止まっている達哉に向かって言う。  美緒は後ろも振り返った。あと二人走って来るのが見える。他の客が遠巻きに見ている。 「今のHelpは冗談だ。そうだよな、美緒」達哉が言った。美緒はうなずき、達哉の首にぎゅっとつかまった。 「子どもを下ろして、両手を上げろ」  そう言われて達哉は美緒を下ろした。美緒は達哉の足に抱きついた。 「お嬢ちゃん、こっちにおいで」警官が言う。 「いや」美緒はぎゅっと達哉の足にしがみついた。  警察官が近づいてきて、達哉のボディチェックをした。足を見るついでに、美緒を軽く引きがはがす。美緒は暴れたが、大人の男の力にはかなわなかった。 「達哉!」美緒は達哉が後ろ手に拘束されるのを見て、ビックリした。 「お嬢ちゃん、ちょっとパパに話を聞きたいだけだからね」  警察官が言って、美緒はそれを信じるしかなかった。
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