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地球の支配者
かつてあらゆる生き物たちが「意識」を持っていた頃、いつか来るであろう、この地球上の終わりについて、生き物たちが総出で議論する会議が設けられた。
「これまで地球上では貧困や飢餓、疫病、戦争など、あらゆる災いによる絶滅の危機を何とか凌いできたが、これ以上はもう手の施しようがない」
会議は議長であるアオウミガメの、重い一言で幕を開けた。
「もう地球はその活動を終える時期に来ている。その最後の瞬間に、ただ自分たちの滅び行く姿を見ていくだけなら、この意識は必要なのか」
アオウミガメが議題を提議した。
大多数の生き物は意識を放棄することに賛成していたが、一部の少数派が異論を唱えていた。
「私の言いたいことはつまりこういうことだ。生き物全てが意識をなくしてしまっては、秩序が一気に失われ、地球の最後を迎える前に生き物自体が絶滅する恐れもあるのではないか」
そう主張したのは鶴だった。
鶴の意見はもっともだ、という生き物も現れ、議論が白熱し収拾がつかなくなってきた頃。
「では、こうしてはどうだろう。」
と、それまで黙って聞いていた犬が言葉を発した。
「皆さんお気付きかと思うが、この場に一言も意見を言わずに、頷いてるだけの生き物がいる」
生き物たちは一斉に同じ方向を向いた。
そこには、半分眠そうにしながら、ただ頷いている2足歩行の生き物がいた。
「この、我々の餌にしかならない2足歩行の生き物に我々を管理させる、という案はどうだろう。」
頭脳派として知られる犬が、どんなにか素晴らしい提案をするのかと思っていた他の生き物たちは、何を言ってるのかと一様に呆れた表情で犬を見た。
「さすがにあなたの言うことでも、今度ばかりはどうかと思う。」
いつも犬に言い負かされている猿たちがここぞとばかりに噛みついた。
同じ2足歩行でも、猿たちのように木に登ることも苦手、植物や木の実、魚などを捕らえることはおろか、そのまま食べては病気になり、小動物を捉えることも出来ない。この2足歩行の生き物は、肉食動物にとっての餌でしかなかった。
「あんなでき損ないの生き物に我々を管理させるのか?!」
「無理に決まっている!こんな生き物に任せていたらどちらにしろ絶滅する!」
犬の意見は全くもって相手にされないかと思われた。
「みなさん、少し落ち着いてください。」
犬は冷静に対応した。
「何も出来ない生き物だからこそ、出来ることがあるのですよ。」
犬は、この2足歩行の生き物には、実はしっかりとした体躯があり、脳も大きいことに着目し、来るべきこの議論に備え、しっかりもエビデンスを用意していたのだった。
「この生き物に対し、毎朝私が警備のため見廻りしている間、ただ何も言わずついてくるようにと指示したところ、この生き物は60日間、100%の確率で休むことなくそれを実行した。」
「さらに、木を加工して建築する技術を教えたところ、自分で工夫して、用途に応じて木や組み方を変えるなど、応用力も見られた。その潜在能力は計り知れないと考えられる。」
犬が提示したエビデンスは他にもまだあった。
1つの獲物を皆で分け合うときに、順番を待つことが出来たこと、物を手に入れるときに自分の物を差し出し、物と物とを交換することなど。
そのデータの示す結果に、他の生き物たちは目を見張った。
「いかがかな。このように、この生き物は我々の指示を忠実に再現し、応用することも出来る。その上で何より特筆すべきなのは、この生き物は、我々の誰よりも知能が低く、今のような議論を生むこともなく、この地球の週末を迎えることが出来るという点だ。」
犬のエビデンスの説得力は絶大で、瞬く間にほとんどの生き物たちが、この2足歩行の生き物に自分達の管理を任せても良いのではないかと思い始めていた。
そうなると今度は、意識のなくなった生き物たちを管理する見返りとして、自分たちの肉体を食料として良いと、牛や豚は言い始めた。
また、生き物によっては、食料になりたくはないが、せめて乗り物として活用してくれという馬や象、卵なら食料として提供するという鳥など、生き物たちは、管理されるうえでより丁重に管理してもらえるように、自分達をアピールし始めた。
やがて決議が行われ、2足歩行の生き物だけが意識を保ち、他の生き物たちを管理することと決まった。
アオウミガメは最後に、地球の終わりを待たずに生き物が絶滅危機に貧する場合は、その生き物を特に丁重に管理し、保護するようにと、2足歩行の生き物に伝え、その会議は終了した。
会議が終わると、2足歩行の生き物以外の生き物たちは、一斉に意識を放棄した。
その後、唯一意識を持つ生き物となった2足歩行の生き物は、教えられたとおり家を建て、他の生き物たちが残してくれた恩恵に預かりながら、他の生き物たちを管理し、絶滅しないように務めてきた。
しかし。
やがて何万年という時が経つと、この知能が低い生き物は、本来の目的が何なのかわからなくなり、ただ意識の赴くままに生き始めた。
絶滅する生き物は増え続け、かと思えば新たな生き物も生み出されていた。
もはや2足歩行の生き物は、この地球上の支配者として君臨していた。
世界の在り方はこの生き物の都合の良いように構築され、管理を任せた他の生き物たちは、生活を支える食料や、娯楽の対象でしかなくなった。
こんなはずではなかった。
犬はおそらくそう思うだろうが、意識をなくした今、もう成す術はない。
この2足歩行の生き物は、地球の終焉の日まで、その意識をなくすこともないだろう。
そこまで考えられる知能がないのだから。
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