君の瞳に映るもの

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君の瞳に映るもの

斜めに入り込む西陽といくつかのボールが弾む音が、だだっ広い教室に入り混じっている。 時刻は午後3時45分。 いつもなら授業が終わって騒がしい頃だろうか。6限まである日ならまだ授業中かもしれない。 いつもなら一人じゃない空間に一人でいるのはどうにも不思議な感覚だ。自分だけが取り残されたような感覚。 校庭では球技大会が催されている。 スポーツは別に得意だとは言えないし、そうじゃないとも言えない。 とりあえず自分の参加種目は終えたので一人教室に戻ってきてしまった。 他の競技に興味がないわけじゃないけど、なんでか帰ってきてしまった。 外では球技大会はまだ続いているし、時間的にも白熱する頃なのだろう。 ボールが網を揺らす音や激しく地面に叩きつけられる音がするたび、歓声が沸き起こっている。 きっとあの娘の声もその中に混じっていると思う。 誰かのことを応援してるだろう。 別にそれは普通のことだし、気にすることでもない。 ただ、熱気を帯びた群衆の中にいる彼女は一体誰にその声援を送っているのだろうか。 そんなことが気になった。 夏の暑さで溶けてしまいそうな頭を使って考えてみようとしたが、答えを導くよりも早く別の疑問が浮かんできてしまった。 どうして僕は逃げてきてしまったんだろう。 あの時酔いそうなほど揺れていた陽炎越しに彼女を見た瞬間、ひどく苦しかった。 その苦しみから逃れようと、こうして教室に逃げ帰ってきたのだ。 でもそれは問題の本質的な答えにならないのは自分でもわかった。 現文の先生なら「どうして苦しかったのか説明しなさい」と言うだろう。 隠しておきたい気持ちだってあるだろうに、何でもかんでも暴こうとされてしまう小説の主人公が急に気の毒に思えてきた。 もういっそ寝てしまおうか。誰かが起こしてくれた時には何もかも終わっているかもしれないし、誰も起こしてくれなければ暑さにやられて二度と起きなくていいかもしれない。 廊下を歩く誰かの足音が聞こえた。 それは着実に僕のいる部屋に近づいてきて、一瞬の間の後、ガラガラと音を立ててドアを開けた。 「こんなところで何してるの?」 その声はとても透き通っていて、夏の清涼感を含んでいた。 「サッカーの決勝、始まるよ?一緒に応援しに行こう」 僕に向かってそう言い終えた彼女は、一瞬校庭の方へと目線を向けた。 「どうしたの?」 僕に問いかけた君の目には寸刻前の恍惚はなく、ただ純粋な優しさだけが残っていた。 ああ、僕を覗き込む君はこんなにも美しく、愛おしいのに、どうしてひどく苦しいのだろう。 午後3時52分 夏の木の葉の香りと蒸し暑い熱気が僕を包み込んでいた。
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