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自尊と勘違い
今日もいつも通りの朝、のはずだった。
失敗した!!寝過ごしてしまった。
時計の針はすでに7:30を回っている。
瞬時に頭の中で通学までの経路と時間を計算した。
いつもの三倍の早さで動けばギリギリ間に合いそうだ。
考えている暇はない。急いで準備を始めた。
顔を洗い、寝癖を直し、制服に着替えたところで化粧の時間を考えていなかったことに気づいた。
これは非常に大きな誤算だった。
化粧をしないで学校に行くなんて考えられなかった。
だけど遅刻をするとクラスのみんなの前で叱責を受けるのは目に見えていた。それは恥ずかしくて耐えられない。
数秒熟考した後、ほんの軽いメイクだけ済ませて早足で家を出た。
スマホで時間を確認する。
よかった。どうやら間に合いそうだ。
その後まぁまぁの早さで走り電車に乗ることができた。
田舎町の電車とは言え、朝の通勤時間と重なる今頃はそこそこに混むものだ。
とりあえず何処かに座ろうと車内を見回したところ、ぽかんと開いている場所があったので腰を下ろした。
いつも通り鞄から本を取り出した。
19世紀初頭に書かれたらしいこの本は私の通学のお供となっていた。というのもこの本を買ったのはゆうに半年前。英語がさして得意でもないのに背伸びして買ってしまったのだ。それ以降毎日少しづつ読んでいるのだが一向に読み終わる気配がない。
ただこの、読書にふけながら電車に揺られる朝の数十分が好きだった。
昨日挟んだ赤とピンクのユリの描かれたブラシノキという木でできた栞を取り出す。
ほのかに木材の優しい香りが漂った気がした。
読み始めるがなかなか頭に入ってこない。
なんだか本を読むこと自体が目的になってきてしまっている気がする。
ちょっと気を休めようと思い、向かいの窓から見える海岸線を見ようとした時だった。
「misunderstand」
開かれたページにはそう書かれていた。英語の単語帳だろうか。
制服が同じだから一緒の高校なのだろうけど、今まで気づいたことがなかった。
初めて見るその人は熱心そうに単語帳と思しきものに視線を落としていた。
私なんかと違ってよっぽど高潔そうだ。
どうしてだか視点が逸らせない。
ずっと見ていたい。
そう思ってしまうくらい彼は清高そうで、端正な顔立ちをしていた。
しまった。今日はしっかりと化粧をしていないのだ。
こんな姿を見られるわけにはいかない。
すぐに目線を本に戻し、出来るだけ顔が見えないように心がけた。
目線は本の中にしっかりと向いているのだが、意識が別の方向へ吸い寄せられてしまう。
全く読み進められない。いつもだってほとんど読めないのにこれではーページだってめくれる気がしなかった。
もう一回だけ見てみてみたい。
そう思ってしまった。
本をしまうフリをしてこっそりみてみよう。
できるだけ自然にしなければと考えながら本を閉じ、彼の方を見てみた。
・・・
彼がこちらをみていた。
バッチリ目があってしまった。
すぐに目線を逸らした。
顔を見られたことが恥ずかしかった。
でもそれ以上に悲しかった。
彼の目はその奥に凛とした高潔さ感じるものだった。
それは私にはないもの。
それが羨ましかった。
私はただ変なプライドのせいで見栄を張っているだけだから。
声をかけたかった。でも私にはできなかった。
彼と話したら私の薄っぺらいメッキが剥がれて自分を保てなくなってしまいそうで怖かったから。
何をするときも、いつも見栄とプライドが邪魔をしてしまう。
すぐに席を立った。
まだ目的地までは少しある。けどこれ以上彼の前には居られなかった。
ドアの付近まで来て、
もう一度だけ。
そう思ってしまった
斜め後ろに首を向けると、単語帳に視線を落としている彼の横姿が見えた。
すぐに視線をドアの外に戻した。
「次は〇〇駅〜〇〇駅〜」
聞き慣れた車種の声が嫌に鮮明に聞こえる気がした。
私は彼の横には並べない。そう考えると一瞬耐えようのない悲しさがこみ上げてきたが、そんな自分がかっこ悪くて情けない気がしてすぐに、これでいいんだと言い聞かせた。
今日もまたいつもの1日が始まる。
右手に閉じられた本をふと見ると
「pride and prejudice 」
そう書かれていた。
いつになったらこの本を読み終えられるのだろう。
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