どくだみ

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 その借家は月極駐車場のブロック塀に面した小さな裏庭がある。それは畳を横に二つ並べられる位の丁度一坪程の細長な庭と呼ぶには狭すぎる庭。北向きである上にブロック塀や庇の影に隠れて余り日が射さない。だから日陰の湿った場所を好むドクダミが梅雨時になると、ブロック塀沿いに群生して花茎の頂に立った穂状花序に淡黄色の花を密生させ、それを中心に白い苞葉が十字状に4枚開き、ハート型で紫の葉脈を持つ緑の葉の間を縫うように無数に咲く。  このドクダミに妙子が注目したのは借家に引っ越してから3年目の梅雨だった。それまで彼女は顔のニキビやシミに悩んでいたが、十薬という異名を持つドクダミの肌に良いとされる数々の成分をネット記事で知ると、早速、ドクダミ化粧水をマニュアル通り作ることに取り掛かった。  何しろドクダミは強力な殺菌性と抗菌性と肌の炎症を抑える効能があるデカノイルアセトアルデヒドや抗酸化作用と血行促進効果があるケルセチンや皮膚の再生を促進する働きがあるクロロフィルや抗炎症作用と血行促進効果があるクエルシトリンなどの成分が含まれているからニキビやシミを解消し、美肌を目指す妙子にとって打ってつけの薬草なのだ。  ドクダミ化粧水は材料として白い苞葉を使う物と緑の生葉を使う物があり、苞葉の場合は生葉と違ってホワイトリカーに浸けこむ必要がなく作ってから一日から二日で使えるので妙子はまず苞葉のドクダミ化粧水を作った。それから生葉のドクダミ化粧水も作って毎日、苞葉のドクダミ化粧水を使用しながら生葉のドクダミ化粧水を漬け込んで行き、両方のドクダミ化粧水を使用出来るようになる頃にはニキビもシミも跡がほとんど無くなる程、解消した。その後も両方を使用し続けると、肌は肌理が細かくなるばかりか透き通るように白くなり、見違える程、美肌になった。   それで妙子の友達が口々に近頃、綺麗になったわねみたいななことを言ってくれるので彼女は有頂天になって夫の守にも肌を見せつけるようになった。そんな時、守は上辺では笑顔を作って誉め言葉を言うのだが、内心ではうんざりしてしまうのだった。  守は決して容姿が芳しいとは言えない妙子に何故か惹かれ、一緒になったのだが、彼女がドクダミ化粧水を使って薄紙を剥ぐようにニキビやシミを解消し美肌になって行くにつれて彼女に魅力を感じなくなった。だから、綺麗になったでしょと彼女に言われても腑に落ちず、引き攣った笑顔で歯切れ悪く心にもないお世辞を言う破目になるのだ。妙子の肌にニキビやシミがなくなった所為で眉毛も目も鼻も口も頬も額も顎も作りの悪さが以前にも増して際立って目に付くようになったからだ。色の白いは七難隠すと言うが、守にとっては妙子に当て嵌めることが出来ないのである。つまり彼にとって美肌は白いキャンバスに過ぎないのであって、そこに描かれた作りの悪い眉毛や目や鼻や口や頬や額や顎を見るよりもニキビやシミを見る方が遥かに良い印象を受けるのである。  いやはや一体、妙子の顔ってどんだけ酷いねんと読者は言いたくもなるかと思うが、ニキビやシミより醜い眉毛、目、鼻、口、頬、額、顎、それらを想像するしかないだろう。それか守の美的センスを疑うしかないだろう。妙子の友達が皆、彼女が綺麗になったと本気で思って褒めていることは確かなことであるし、色の白いは七難隠すという諺の意味も確かなことなのだから。  となると、守の美的センスってどんだけ酷いねんと読者は言いたくもなるかと思う。確かに如何に妙子の顔の各部の作りが悪いからと言ってニキビやシミの方が良く見えるというのはどうかしている。
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