気になっていた

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「ねえ、あんたさ、田所さん狙ってんの?」  転職して五ヶ月あまり。  関わる人も決まってきて、やっと仕事にも慣れてきた矢先。  私の退勤を邪魔する人物は、取り巻き二人を連れて立ちはだかった。  名前もはっきりと覚えていない同僚だった。相手もそうだろう。  男性からの人気が高く、ミスしても軽く口頭注意で済ませてもらえるタイプ。  昔から影が薄い私をこのタイプの人は気にもとめない。  それなのにこうして彼女が私の前にいる理由は簡単だった。  彼女が狙っている男を奪われないように牽制するためだ。 「マジで何? 田所さんはエリ先輩のだし」 「そうそう! あんたなんか相手にならないから!」 「ちょ、ちょっと二人とも! そんな事言っちゃ駄目だよ! ――鏡を見たことないんだよ!」  三人は高笑いしながら厭らしい視線を私に向ける。  正直、面倒くさい。  田所さんは確かに魅力的だ。  顔と格好いいのに、誰とでも気さくに話すし困っているとさりげなく助けてくれる気遣いもある。普通に好青年な人だ。  だけど私の好みじゃない。  私の好みは芯が通った寡黙な人。誰とでも話せて、私なんかに気遣いを見せる人は軽薄にしか見えないから。  でも、私の好みなんてものを彼女達に教えてあげる義理もない。 「私は興味ありません。帰りたいのでタイムカードいいですかね」 「……ウチラに喧嘩売ってる? マジでシメないとわかんないわけ?」 「え、やっちゃう?」 「駄目だよ! 私たちが汚れちゃうっ」  「「「アハハハハ!」」」  高笑いが辺りにまた響いた。 「なあ。最近、キレイになった気しないか?」 「あー、中途採用の人ですか?」 「そうそう」 「この前、フジタセンパイにも言ってた話ですか?」 「あ、聞いた? あの人来てから気分いいんだよな~  ――ってどうしたのエリちゃん」 「えっ? あ、田所さん! ……と伊東くん」  そんな中で、ご本人登場。エリさんと同期らしい伊東さん。伊東さんは私の教育担当者でもあるけど対応の差は明らかだった。 「何してんの?」 「えっ? あ、えっと~今度ご飯でもどうかな~って」  伊東さんからの質問でも田所さんがいる。   さっきまでとは違いすぎる猫を撫でるような甘ったるい声色。撫でずに完全に被ってるのは同性補正無しでもわかる。伊東さんが苦笑いしてる。 「へぇー。今こいつと話してたんだけどエリちゃんも最近キレイになったと思わない? 中途の……えっと……そこの」 「あっ私もですよ~。聞こうと思ってたんです~、何を使ってるんですか~?」 「……え?」  何を言っているのかわからなかった。  いきなり話を振られたこともだけど、私は至って平常運転。何かをキレイにした覚えがない。 「お肌ケア。何使ってるの?」  取り巻きの一人が近づいてきて小声で教えてくれた。  でもわからない。  私の肌なんてキレイじゃない。おでこや頬にはニキビだってすぐできちゃうし染みも気になり出して最近発売したというのを買ったばかりだ。 「えっと……○○○○ですけど……」 「へぇー! 俺も今度使ってみよう」 「えっ田所さん使うの~? なら私もお顔に塗って一緒にキレイになっちゃおっかな~? なんて~」 「……ん? 顔は駄目でしょ」 「はあ? ……えっなんで~」  伊東さん相手につい素が出てしまい焦るエリさん。 「何のメリットがあんだよ、掃除用洗剤なんか顔に塗って」 「「「「……え?」」」」  伊東さんの言葉にその場にいた女は一瞬固まった。 「肌ケアの話でしょ……?」 「いや、壁とか床……ですよね?」 「えっ、染みってそっちの……」 「そうそう。この前いつもより早く来たら中途さんが掃除してて。気になってた染みも綺麗に消えてて嬉しくってさ。ってか、エリちゃんは可愛いし、中途さんも必要無さそうだけどやっぱ女の子は大変なのかな」  そんな事があった日の夜、私は一人鏡を見る。    映る私は静かに笑っていた。
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