あけびの森

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 降りやまない雨が、町を洗い流してゆく。汚れを含んだ雨水は、ゆっくりとダムへと流れ込む。  四郎の苦しみも悲しみも無節操な愛も、そして私たちの秘密も、今では冷たい水の底に沈んでいる。  お茶を飲むとき。お風呂に入るとき。私はいつも四郎のことを思い出す。  彼を構成していた成分はじわじわと水に溶けだし、この土地の人たちに毎日少しずつ吸収され、彼らの血肉となり身体を潤している。私たちはみな、彼の遺伝子を継いだ子どものようなものだ。  なぜならこの辺り一帯の生活用水は、彼の眠るあのダムから供給されているのだから。  年を重ねたせいだろうか。私にかつてのような独占欲はない。むしろ四郎をみなと分け合うことに、ささやかな贖罪と安息を感じるのだった。 【了】
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