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どのくらい目を閉じていたのだろう。
春の木立が影絵のように、濃紺の中空に浮かんでいた。何事もなかったように静かで、目の前の沼は既に夕闇に溶けて見えなくなっている。
自分の足の下以外、四郎を飲み込んだ底なし沼が前にも後ろにもあるような気がして、私はそこから一歩も動けなくなった。寒さと疲れで足が痺れて立っていられなくなり、恐る恐るその場に腰を下ろしたとき、あたりは既に完全な闇に包まれていた。
ずっと聞こえていたのは、虫の声。夜行性の生き物が立てるガサガサという枯葉の擦れる音。何より私を怖がらせたのは、ときおり地面から上がる、わずかな水音だった。
ピチャッ
ボコッ
その音がする度、指先は冷たくなり、心臓が跳ねた。
私がいる場所は大きな沼に浮かぶ小島で、今までに沈んだ人たちがまわり中から浮かび上がってくる。その中には泥にまみれた四郎がいて、私を引きずり込もうと笑いながら手を伸ばしてくる。
そんな幻覚を、一晩で何度見たかわからない。
愛した人を飲み込んだ沼の淵で膝を抱え、私は一睡もできず、気が狂いそうな一夜を明かしたのだった。
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