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桜子姉さんの縁談が決まった冬、我が家では前祝いの酒宴が三日三晩続いた。村のお屋敷の家長が集まり呑んだくれ、夫人は彼らの隣に座り、酌をしながら自分たちもお酒やご馳走を口にしていた。子どもたちは、大人に追い立てられない偶の夜更かしを楽しんだ。
こういう宴の時、最も忙しいのは四郎たち、「家おじ」と呼ばれる男衆だった。当時はそれが当たり前だと思っていたのだが、村には女中というものがおらず、料理や裁縫、子守に至るまで、家事の全てを担っていたのは家おじだった。彼らはどの家でも下男のように扱われていたので、私はこの日まで、下働きの男を家おじと呼ぶのだと思っていた。
「四郎さんて、菫子ちゃんのお父さんに似てないよね」
子どもだけが集められた離れの部屋で幼馴染みにそう言われ、私はひどく驚いた。家おじが代々の家長の弟たちだと知ったのはこの時だ。
四郎と自分に血の繋がりがあるなどと考えたこともなかったし、父が実の弟を使用人のように扱っていることもショックだった。
四郎がお父さまの弟だなんて……
彼に真偽を糾そうと、私は離れを飛び出した。
四郎を探して縁側を歩いていた私は、視界の端に何か動くものを捉えて足を止めた。目を凝らすと、庭の片隅の木の陰に、明るい色の布がわずかに揺れている。見覚えのあるそれが、明後日には嫁いでゆく桜子姉さんの着物だと気づいた私は、その背中にまわされた逞しい腕にドキッとした。その腕の主は、暗がりで桜子姉さんと抱き合っているのだ。
じっと息を潜めていると、切れ切れに彼らの声が聞こえてきた。内容までは分からなかったけれど、姉さんは泣いているようだった。
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