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暖かくなり山の雪が溶けると、四郎はまた私を森へ誘うようになった。幼い頃からそうだったように、足元が危ないからと、彼は私をおぶって森に入る。私たちの秘密の場所には、白と紫のあけびの花が咲き乱れていた。
四郎は桜子姉さんとの別れで気落ちしている様子もなく、それまでと変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべ、シロツメクサで作った花冠を私に被せてくれた。私がはにかみながら礼を言うと、彼は一層優しく目を細め、
「可愛いね、菫子」
と言って抱きしめてくれた。
もしかしたら桜子姉さんは、彼に片思いをしていたのかもしれない。嫁ぐ前の思い出にと、ひとときの抱擁を求められれば、四郎も断れないだろう。
そう考えた私は、やっぱり彼が本当に好きなのは私に違いないと思い直した。四郎がこの場所に連れてくるのは私だけだ。秘密を共有しているという自負が、私の自尊心を満たした。
しばらくして、四郎と隣家の良枝との噂が村に広まった。それが消えるとまた他の子との関係が囁かれ、つまり彼はその類の噂の絶えない男だったのだが、私は特に気にしなかった。彼は誰にでも優しいので、勘違いする女もいるだろう。むしろ私たちの関係の目くらましになって都合がよいとさえ思った。
四郎と私はその噂の陰に隠れ、あけびの森で何度も二人だけの時間を過ごしていた。
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