あけびの森

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 あの日から半世紀近く。何もかもが目まぐるしく移り変わり、とうとう先日、六十四年続いた昭和の歴史が幕を下ろした。  テーブルの上には、幼馴染の良枝から届いた年賀状。その名前を見るだけで、故郷の村でのことが懐かしく蘇る。年老いた彼女の筆跡は、四郎の部屋で見つけた恋文とは、だいぶ変わってしまっていた。  四郎が姿を消したあの日、昼間にこっそり彼の部屋に侵入した私は、そこで大量の恋文を発見した。全て村の娘たちからのもので、それを読めば、四郎が彼女たち一人ひとりと濃密な時間を過ごしたことは明らかだった。  私はその全てを庭で燃やし、彼の文机に、森で待っているという書き置きと(すみれ)の花を一輪残して家を出たのだ。  一人で森に入ってから気がついた。私はいつも四郎に背負われていたので、自分で道を選んだことがない。十分ほどで着くはずの二人の秘密の場所を、私は見つけられなかった。迷っていると自覚した時にはまだ日が高く、それほど広い森でもないのだしと油断した私は、いつか着くだろうと気楽に構えて森を歩き回った。 「心配したよ、菫子(すみれこ)」  四郎が私を見つけてくれた時、すでに森は薄暗くなっていた。私は歩き疲れて、あけびの蔓が巻きついた大きな木の根元に座り込んでいた。 「四郎……っ!」  彼は立ち上がった私を手で制すと、長い枝の先で足元を叩きながら、注意深く近づいて来た。  村人は誰でも、森では長い棒か枝を持って歩く。行く手に水たまりがあれば、先に棒を差して水深を測り、沼でないことを確認しながら進むのだ。 「あの場所でしばらく待っていたのだけどね、菫子がなかなか来ないから、森中を探したよ」  四郎はそう言って、私の目の前に立った。 「お前にもしものことがあったらと思うと、肝が冷えた」  困ったように微笑んだ彼に、私は抱きついた。背伸びして唇を寄せた私に応え、四郎は私の腰に腕を回して優しく抱きしめてくれた。
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