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まあ、少なからず心のある我々は、思いやりという薄い壁を挟み日々を送っているわけだが、それは我々が同種であり、同族であり、感情があり、知能があるからだろう。
生命体である他種には人それぞれが別の感情を抱く。
ペットは溺愛するが、ダニや蜘蛛、ゴキブリは抹殺する。
花は愛でるが、雑草は踏み潰す。
逆もいるだろうし、どちらでもない人もいる。
それらには感情があってそのコロニーでは我々と大差ない。
しかし人間様は一番強いから、見つかったら殺されるし、従順にもなる。
では生命体ではない場合はどうだろうか。
わかりにくく言うと無機物だ。
今座っている椅子や床は、消費するシャーペンの芯は、着ている服は。
感情がない彼らに選択の余地はない。
されるがままでそこにある。
動くことも喋ることも出来ない。
もしも無機物に感情があったらどうだろうか。
床は痛いと嘆くだろうか。
シャーペンの芯は熱いと嘆くだろうか。
服は臭いと嘆くだろうか。
これは休み時間だ。
人生においての無駄は休む事に他ない。
だから今はどんな無駄も許される。
考えるべき対象を無機物にしたって許される。
語ろうか。
私の持論に過ぎないが、過ぎない程度に宿そうか。
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