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【最近、キレイになった?】
彼のその言葉を聞いたとき、私は決めた――彼を自分のものにしようと……。
彼の口からその言葉が出たとき悟った……彼に私の気持ちをぶつける時がきたのだと……。
それが十日前のこと、その翌日に彼は遺体で発見された。……他殺だ。
今、私は司法解剖から返ってきた彼の葬儀場に来ている。
警察は傷口の多さから怨恨の線で捜査を進めていると聞いた。見当外れもいいとこだ。彼は恨みを買うような人間じゃない。犯人を捕まえられればきっと分かる。だって、この葬儀場に来ている人間を見れば彼の人柄と人望の厚さが分かるはず……。
親交のない人の葬儀には来ないでしょ?
恨めしい人の死に涙は流さないでしょ?
たくさんの人が彼の死を悼んでいる。特に彼女……棺にすがりつき大きな声で泣く彼女は深く悲しんでいるみたい。
「イヤだイヤだイヤだ! 私を置いてかないでよ、あきとさん! あきとさん! 」
最後列にいる私にまで聞こえてくる大きな嗚咽だ。彼女の名前は明日香。彼の元の彼女。私より前に彼と交際していた女。
大きな声で泣きわめいて恋人だとアピールしているけど、彼は私の乗り換えたの。彼女はそのことを知らないから、きっとまだ彼の恋人のつもりでいるのね。可哀想に…………。
明日香の泣き声に同情したのか、すすり泣く声が増えた気がする。かくいう私も明日香の姿を見ていられず顔を伏せ、肩を振るわせ両手で声が出ないように口を抑えた。他の人とは違う思いで明日香を見ているだろうけど、周囲からは泣いてるように見えるはず。……今はまだ、堪えなくちゃ。今日は葬儀に参列するだけじゃなくても明日香に用があるのだから。
目立つようなことはしたくない。今の彼女と元彼女が会えば周りからは修羅場に思われちゃう。なるべく人のいないとこで明日香と話したいもの。今は大人しく葬儀に集中しないと……。でも、明日香のことなんて気にしないようにしなくちゃいけないのだけど、気にしないようにすればするほど気になってしまう。私の隣に座る人も明日香の話題をしている。盗み聞きは良くないと思うけど、聞こえてきちゃうし少しだけ興味も、ある。
『明日香ちゃん可哀想にね。交際、順調でプロポーズされるのも間近って聞いたよ』
この女の情報も遅れるわ。 彼は確かに明日香と結婚する気だった。でも、最終的には私を選んでくれた。
【明日香とは別れるから! キミだけを愛するから】
あの日、彼は熱くて真っ赤な血にそう誓ってくれた。凄く嬉しかった、私達二人だけの秘密の誓い――。
『そうそう。交際当初から仲睦まじい美男美女のカップルで有名だったけど明日香ちゃんあの性格だから。¨彼に釣り合う女になるんだ¨ってエステに通ったり、化粧水を変えたり――』
明日香の容姿は歌って踊るアイドルみたいだけど、でも彼の好みは違うわ。私のような地味で目立たないポッチャリ系が好きなの――。寝っ転がった彼にお気に入りのナイフで悪戯しながは聞いたら、そう言ったもの。
『私も聞かれた。好きな人のために努力を惜しまない一途な子だから――。ニキビも解消されたって喜んでたし、肌もますます美肌になってたし……。あきとさんからも【最近、キレイになった?】っ誉められてて』
その時のその言葉、私も聞いてたわ。今となっては感謝してる。だって、その言葉が私を奮い立たせてくれた。勇気をくれた。明日香なんかに彼を渡しちゃダメだって決意して……宝物のナイフを持って彼の家に押し掛けて――。
『これからだって時なのに……。こんなことになって――』
こんなことになって……その点については私も反省しているわ。彼の泣き顔に唆られちゃって、興奮を抑えられなかったの。ごめんなさいね。
でも、これで良かったって思ってるのも事実よ? だって彼の最後を看取ることが出来たし、彼の最後の言葉を聞くことができた。彼は最後になんて言ったと思う?
【明日香に危害を加えたら絶対許さねえ! 化けて出てぶっ殺してやる!】
素敵じゃない? 死んでも私に会いに来てくれるって約束してくれたのよ? それも私が死ぬまでずっと一緒にいてくれるとまで言ってくれた。こんな幸せなことって生涯そうそうないよね?
だから私はこのチャンスを逃す気はないよ?
同じ男を愛した仲だから……。せめて同じナイフで――――。
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