友情

1/1
前へ
/16ページ
次へ

友情

この一週間、あまりの緊張でろくに眠れなかった。何度も島田さんからのメッセージを読み返した。本当に島田さんからなのか、宛先はボクであっているのか、何度もチェックしたが、間違いなく島田さんがボクに送ったメッセージだった。部長から 「ちゃんと仕事しているのか!」と注意されてしまうほどだった。 島田さんに恥をかかせてはいけないと思い、理髪店に行き、髪をカットした。また、寝ぐせの直し方を教えてもらった。店員に 「お兄さん、背筋を伸ばしたらもっとかっこよくなりますよ!」と言われたので、少し背中をまっすぐにするよう意識して過ごした。 水曜日はノー残業デーなので、19時15分には駅に着いた。あまりの緊張で気分が悪くなったが、約束の喫茶店に向かった。すでに島田さんは喫茶店の中にいて、ボクを見かけると「こっち」と笑顔で手を振っていた。 「今日はありがとう!来てくれないかもって思ってたんだ。」 「え、な、な、なんで?」 「わたし、ずっと山下くんに嫌われてると思っていたから。久しぶりに会っても山下くんはいつもキョトンとした顔でわたしを見るし、全然話してくれないから。だから、職場では馴れ馴れしくしちゃいけないと思って、『山下さん』って呼んでたんだよ。」と言った。 何も言えなかった。こんな風にすぐ黙ってしまうし、返事もそっけないからそう思われても仕方ない。島田さんはボクとの思い出話をしていた。「覚えていないだろうけど」と前置きをして話していたが、ボクは全てを思い出したことを言えずにいた。注文したパスタをキレイに食べられているか気になりつつ、相槌を打つことで精いっぱいだった。 なぜか毎週水曜日19時半に駅前の喫茶店で会うことになった。あれから何回二人であっただろうか。ボクも少し緊張が解けてきて、自分から話を振ることもできるようになってきた。とはいっても、島田さんが 「昨日、ロールキャベツに初挑戦したんだよ。」と言ったら、 ボクは 「どうだった?」と聞く。 島田さんが 「今日は新たに二人、保険に加入してくれたの。」と言うと、 「すごいね。」と言う。 ボクにしてみれば、大きな進歩だ。なんせ、どもらないんだから!ボクたちは周りからどんな風に見られているのだろう。こんな冴えない男とこんな美人が一緒だとだれも恋人とは思わないだろう。兄妹にも見えないだろうし、同僚が無難かな。援助交際とか?そんな風に思って自嘲的に笑ってしまった。 島田さんは 「どうしたの?」と聞いてきた。 「援助交際ぽいかな。」と言ったら、島田さんはびっくりした様子で 「わたしたちのこと?そんな訳ないでしょ~。友達って思われているんじゃない。」と言った。島田さんはボクが周りの目を気にしていることに気が付いたようだった。ボクは今まで友達と呼べる存在がいない。初めて友達と呼べる人が島田さんなんて。ボクは心の底から島田さんの友達でいられることに喜びを感じた。 ボクも周りに目をやって、それぞれの関係を想像してみた。あそこのグループは大学時代の友人かな。あそこの二人は間違いなく恋人だろう。あの二人は年齢差がありそうだな。不倫か?そう思った瞬間、ボクは島田さんが既婚者だということを意識した。決して忘れていたわけではないが、既婚者とこんな風に二人で会うなんて不倫と呼ばれてもおかしくないんじゃないかと不安になった。恋愛なんてしたことがないボクが不倫なんてありえないが、島田さんにとってボクに会うことはマイナスにしかならないんじゃないか。そんな思いを密かに抱えて、ボクらは店を後にした。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加