薬効

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薬効

翌週、いつものようにボクたちはいつもの喫茶店で会っていた。島田さんは今までと変わらず、笑顔を見せて楽しそうに話をしていた。しばらくたって、島田さんが保険の話をしに会社へ来た時に、旧姓に戻ったことを報告していた。以前、ボクは島田さんの記憶がなかったが、会社のみんなにとっては元同僚が保険の勧誘に来ていたので、親しく話していたのかと今になって合点がいった。それにしても本当にきれいさっぱり記憶がなくなっていたんだなと改めて思う。何度も島田さんはボクに話しかけてくれていたのに、ボクはいつも初対面だと思っていたので、いつもに増してそっけなく不愛想だと思われていたにちがいない。 島田さんが会社へ来た日は水曜日だったので、その日の夜、ボクたちは喫茶店で職場の話になった。 「覚えていないかもしれないけど、山下さんを食事に誘った時、部長が山下さんに話があるって言って、結局一緒に食事に行けなかったんだよ。」 「そうだったね。あれから島田さん、あまり話しかけてくれなくなって。」 「そうだよ~!なんか食事に誘ったことが気恥ずかしくなっちゃって。ちょっと馴れ馴れしくしすぎちゃったかなと思って。・・・え?覚えてるの?」 「あ、うん。思い出した。全部。」 ボクは小学生の時に初めてあの薬を飲んで記憶がなくなったこと、中学生、高校、大学、大人になってからも薬を飲んだことをおおまかに話した。島田さんはボクが記憶をなくしたくなるほど辛い体験をしたんだと同情していた。島田さんのことが好きすぎて島田さんを忘れたかったからとは口が裂けても言えない。 「でも、なんですべて思い出したの?」 「島田さんからボクと同級生だったという話を聞いて、薬をもらいに行って『すべて思い出したい』って強く願ったからかな。」 「本当に!??あの薬本当に効果あるんだ・・・。」 「たぶん。」 「何人かの友達が面白半分で飲んだらしいけど、何も起こらなかったて言っていたから、子供だましの話だと思っていた。あんな着色料みたいなキツイ青色だから、怪しい薬っぽいしね。でも、どこか懐かしい味なんだよね。」 「うん。薬局のおじさんも『病は気から』って言っていたしね。え?島田さんも飲んだことあるの?何か起こった?」 「う~ん、起こったといえば、起きたかな~。・・・今はまだ秘密!」 どことなく顔を赤らめ、島田さんは話題を変えてしまった。
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