黒髪

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黒髪

転職で入社する人たちを紹介するから会議室に集まってくれというアナウンスが社内に流れた。朝から面倒臭いなと思いながら、まだ眠い目をこすりながら会議室へと向かった。中に入るとすでに全社員が集合していて、座る席がなかった。ボクは後ろの隅に立って、前を見ていた。窓から太陽の日が差し、まぶしくて、目がチカチカした。少し目が慣れたので、再度、前方に目をやると、太陽の光を浴びた長い黒髪がキラキラと輝いていた。あまりの美しさに太陽よりもまぶしく感じた。ツヤのある黒髪が真っ白な肌とコントラストを奏でているような美しい女性がそこに立っていた。 社長が「島田ミキさんです。ご挨拶をお願いします。」と言っていた。 光り輝く女性が一歩前に出て、みんなが聞こえるように大きめの声で堂々と自己紹介をした。 「ただいま、ご紹介に預かりました島田ミキと申します。経理部に配属となりました。今までの経験を活かしながら、一日でも早く皆様のお役に立てるよう頑張りたいと思っております。しばらくはご迷惑をお掛けすることもあるかと思いますが、何卒よろしくお願い致します。」 最後にとびっきりの笑顔を見せ、一歩下がって会釈をした。完璧だ。長すぎず、短すぎない自己紹介。ボクなら「山下です。よろしくお願いします。」で終わってしまうのに。ほかにも新入社員がいたが、一番拍手が大きく歓迎されていた。美しい髪の島田さんに心を惹かれたが、それだけで恋に落ちてしまうほどボクは単純な男ではない。 新入社員の紹介から数日後に島田さんが上司とともにボクのいる情報処理部へやってきた。二人は部長に用があったようで、部長に島田さんのアカウントを取得してくれるように頼んでいた。わざわざ訪問せずに社内電話で片付けられることだが、きちんと部長には紹介しておこうという経理部の礼儀なのだろう。島田さんと上司が部屋を出る時、島田さんがボクを見ているように感じた。そんなことはあるはずないのに、ボクの願望がそう感じさせたのかもしれない。 島田さんはすぐに職場に慣れて、どんどん仕事を片付けていき、経理部だけでなく、ほかの部署からも評判がよかった。美人なのに、気さくなので、仕事に疲れた時に息抜き替わりに経理部に行き、島田さんと会話を楽しむ輩も出始めた。島田さんにとっては仕事の手を止められて迷惑なはずなのに、いつも笑顔で会話を楽しんでいるように対応していた。それでも、仕事を滞らすことなく、やってのけていた。 ある日、食堂の前で島田さんと出会った。内心、ドキッとしたが平常心を装った。すると、今度は間違いなく、島田さんがボクを見ていた。そして、すれちがい際に 「山下・・・さん」と呼ばれた。 まさか自分の名前を知っていてくれたなんて思いもしなかったので、びっくりしてしまった。 「は、はい!?」と少し声が上ずってしまった。 島田さんは少しボクを見て、 「・・・いえ、すみません。えっと、伝票貯めてませんか?清算するので、経理部まで持ってきてくださいね。」とはにかんだ笑顔を見せて、小走りで行ってしまった。 ズキューーーン!!!ヤラレマシタ。心を射止められてしまいました。席に戻り、清算し忘れている伝票がないかと探したが、一枚も見つからなかった。元々ボクの仕事は出張がほとんどないので、清算に回せるようなものは何もない。たまにある研修会場までの交通費を清算できるくらいしかない。なんで、ボクは営業部じゃないんだ! 四六時中、島田さんのことを考えてしまう。仕事をしていても、だれかが「島田さん」というだけで緊張が走る。いるはずもない家路途中や地元に帰ったときでさえ、島田さんの面影を見てしまう。28歳になっても恋をすると頭の中はお花畑になってしまうものだ。
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