1人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
噂話
あれから数ヶ月が経った。島田さんとの距離は一時期縮まったように感じたが、また前のように部署の異なる同僚という距離に戻ってしまった。それでも、ボクはまだ島田さんのことで頭がいっぱいだった。ストーカーにはなりたくないので、自分から行動を起こすことなどできない。ボクみたいな人間が好意を示すと女性はストーカーだと怖がってしまうことは承知している。この思いは自分の胸の中にしまって、島田さんの笑顔を遠くからでも見られた日はラッキーだと思うようにして過ごしていた。
そんなある日、食堂で隣に座っていた男性社員のグループが島田さんの話をしていたのが耳に入ってきた。ボクは食事よりもその会話が気になって、耳をそばたてた。
「島田さん、かわいいよな~。あのツヤツヤの黒髪ストレートロング!あれを維持するのは大変らしいぞ。肌もきれいだし、もうギュ~と抱きしめたくなるよな~。」
(なんという下品なことを言うんだ!島田さんをそんな目で見るな!)
「島田さんは外見だけじゃないもんな。美人だけどツンケンしていなくて、かわいらしさも兼ね備えているし、みんなに優しくて女子からも好かれているってすごいことだぜ。」
(うん、その意見には同感だ。島田さんはやっぱり最高の女性と言っていいだろう。)
「でも、島田さん、男いるからな。」
(んんん???なんて言った?)
「あ~、そりゃそうだろう。あんだけ美人で性格もよければ、どんな男だって付き合いたいと思うよ。」
「前に島田さんが、イケメンと腕を組んで歩いているのを見たよ。」
「俺も見た。あのイケメンじゃ勝ち目ないな~。」
もちろん、島田さんがフリーだなんて思っていたわけじゃない。あわよくば自分が付き合えるなんて到底思ってもいない。それでも、やっぱりショックが大きすぎる。ボクにとってはアイドルのような存在の島田さんがいきなり現実世界に引き戻されたようだ。一時でも仲良くなれたかなと思っていただけに、辛くてもう経理部の前は歩けない。島田さんのことを見ることもできない。ボクはその日から数日間、あまりのショックで寝込んでしまった。
休みをもらって気持ちの整理がついた。もう28歳で立派な社会人なのに失恋位で会社を休むなんて乙女か!とまた自分にツッコミをいれた。さあ、今日から仕事に邁進するぞ!と、張り切ってみたもののそんな気持ちは長続きすることはなく、仕事中でもふと油断をすると涙が溢れてしまう。このままではいけない。
地元に行き付けの薬局屋がある。そこのおじさんには子供の頃から世話になっている。両親とはほとんど口をきいたことがないボクだがおじさんは昔から暇そうで、ボクはおじさんとは少し話をすることができた。中学生以降は思春期特有の気恥ずかしさがあって、ほとんど話さなくなったが、それでも、何かあればおじさんの顔を見に行っていた。島田さんへの恋心が打ち砕かれ、久しぶりにおじさんに会いたくなった。いつのまにか髪が全部真っ白になっていたが、清潔感は変わらず、優しい笑顔でボクを迎えてくれた。
「久しぶりだな!元気にしてるか?イヤ、元気がなさそうだな~。失恋でもしたのか。」ボクは何も答えられず、苦笑いをした。
「おじさん、アレある?」
アレとはボクが子供の頃、おじさんが
「これを飲む前に心の内を全部吐き出すんだよ。そしたら、ゆっくりと眠れるから。」と言って、くれた薬だ。ボクはそれからというもの、失恋した時や何かに行き詰まった時などにこの薬を買いに来ている。
(いつでもどこでも島田さんのことが頭から離れない。もうきれいさっぱり島田さんのことは忘れたい。助けてくれ。)
そう心に思い、この青い錠剤を飲んで眠りについた。
最初のコメントを投稿しよう!