本性

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本性

一度、心に入ってきた人を取り除くのは簡単なことではない。片桐さんのことが頭に浮かぶと、すぐに「彼氏持ち」という言葉の消しゴムで消し去らなければならない。それは一日に何度もしなければならないことだった。昨日は87回だったが、今日は83回だった。大丈夫。徐々に心から消し去りつつある。このままいけば、ちゃんと忘れられる。 忘れることに前向きになっていた時に限って、片桐さんと偶然、街中で出会ってしまった。出会わないようにわざわざ行き付けのスーパーを変えたというのに。やはり今日も彼氏と一緒だ。でも、何か様子がおかしい。喧嘩でもしたかのように彼氏が不機嫌オーラを放っている。あの明るい片桐さんが下向き加減で彼氏の後ろを歩いている。 「早く歩けよ!イライラするな~!」 片桐さんに向かって彼氏が怒鳴っている。周りの人もビックリした顔で二人を見ている。ボクも物陰から二人をつい見てしまった。片桐さんは真っ赤な顔をして彼氏と少し距離を取り、隣りを歩き始めた。ボクは二人の様子が気になったが、後をつけてしまうとストーカーになってしまいそうで、気になりつつもボクは逆方向へと歩き始めた。 翌日、「おはようございます!」と大きな声で片桐さんがボクのいる情報処理部へやってきた。部長が席を立ち、二人で応接室へ行ってしまった。どうやら、あの後、仲直りをしたようだ。いつもの明るい笑顔を見られて、心底よかったと思った。 週末、久しぶりに実家の喫茶店を手伝って欲しいと言われた。いつもはバイトの人が手伝っているが、体調を崩して休みたいと言ってきたらしい。特にすることもないので、手伝いに行った。ボクは接客には向いていないので、いつも厨房の皿洗いを手伝っている。すると、母が料理を作っている父に 「あの美男美女のカップル素敵よ~。『今日、初めて伺いましたが、料理がとてもおいしい上にサービスも行き届いていて感動しました。また来ますね。』ですって~。」父につられて、覗いてみると、まさかの片桐さんと彼氏だった!神出鬼没すぎだ。美男美女の上、礼儀もあって誰が見てもお似合いのカップルだ。あの片桐さんが選んだ相手ならいい人に決まっている。あの日、偶然見かけた彼氏は特別に虫の居所が悪かっただけだろう。そんな日はだれにだってあるものだ。 しかし、数日後、そんな思いは間違っていたと気づかされた。駅で偶然、一人でいる彼氏を見かけた。片桐さんと待ち合わせをしているのか、携帯電話を何度もチェックしていた。電車から降りてきた人が彼氏にぶつかってしまった。 「すみません!」という人に対して、彼氏は 「大丈夫ですよ。」と紳士に返事をしていた。 しかし、しばらくして片桐さんが走ってくると、いきなり彼氏は 「ミキ、お前、いい加減にしろよ!何分待たせるつもりだ!携帯にメールもよこさないし、電話もかけてこないし、何様のつもりだ!!」と、さっきの紳士的な彼氏とは思えないような勢いで怒鳴り散らした。 片桐さんは落ち着いた様子で 「ごめんなさい。電源が切れてしまって・・・。」と、言った。 彼氏は顔を曇らせて 「本当勘弁してくれよ。お前が久しぶりに出かけたいって言うから仕事を早く切り上げてきたのに。ふざけんなよ。もう帰る!」と言って、一人で早々と帰ってしまった。片桐さんは近くにあるベンチに座り、空を見上げていた。ボクは一部始終を見てしまった。見てはいけないシーンを見てしまった。あんなにいつも明るく元気な笑顔を見せる片桐さんの彼氏が彼女に対しては高圧的な態度を取るなんて。第三者には優しく接しているのに、一番大切にしなければいけない相手を傷つけるなんてと彼氏に対して怒りがこみ上げてきた。 「山下さん!?」 片桐さんがボクに気づいて声を掛けてきた。物陰に隠れていたつもりが隠れきれていなかった。ボクは観念して、片桐さんが座っているベンチの方まで歩いて行った。 「だ、だ、大丈夫?」どもりながら、声を掛けた。 「いつも山下さんには情けないところを見られちゃうな~。」と片桐さんは寂しく笑ってボクを見た。 (ん?いつも?どういうことだ?)
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