過去

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ボクの頭の中でグルグルと「いつも」という言葉が巡っている。 「あ、あ、あの、いつもって?」と片桐さんに聞いてみた。片桐さんは少し驚いた様子を見せて、 「覚えていないの?わたしってそんなに存在感がないのかな~。」と言っている。存在感がないのはボクの方だ。いつも影に隠れて目立たないように生きているんだから。ボクのことを忘れても、太陽のような眩しい笑顔をする片桐さんを忘れる奴なんていない。 「わたしと山下くんは同級生だよ。小学校では同じクラスだったんだけど。」 言っていることがよく分からない。ボクと片桐さんが同級生?しかも、同じクラスだった?どういうことだ!? 片桐さんが説明してくれた。ボクが小学5年生の時に片桐さんが転校生としてやってきて、同じクラスになった。転校した時期が10月という中途半端な時期だったので、なかなか仲のいい友達が作れなかった。体育の時間で体育館に行かないといけなかったのに、場所が分からなくて半泣きになっていると、ボクがこっちだよと案内したらしい。 中学も同じ地元の学校に通い、クラスは違ってほとんど会うことはなかったが、2年の時に3年の先輩に靴を隠された時、ボクがその靴を見つけたらしい。 また、同じ高校にも通い、3年間、同じクラスだったらしい。ほとんど話したことはなかったが、卒業式の日に遅れそうだった片桐さんを自転車の後ろに乗せて、二人でギリギリ卒業式開始に間に合ったらしい。 大学は別々だったが、バイト先が同じだったらしい。料理をしたことがなかった片桐さんはボクに簡単な料理を教えてもらっていたと言った。 そして、同じ会社の経理部で働いていたらしい。全く記憶にない。小学生の頃から何年も片桐さんが近くにいたのに、何も覚えていない。 片桐さんは小学生時代を覚えていないのは分かるけど、同じ会社で働いていたことも覚えていないということがにわかに信じられないようだった。 「本当に?本当に覚えていないの?朝、ヒールが折れて倒れてしまって、山下くんが助けてくれたことも?」覚えていない。片桐さんという名前も聞いたことがない。 「あ!島田だよ。旧姓は島田。結婚して片桐になったの。」 え??島田?え??結婚?島田さんという人がいたような気もするけれど、思い出せない。それよりも気になるのは「結婚」という言葉だ。片桐さん、結婚していたの?あの人は彼氏じゃないの?ボクにとって付き合うということも大きな壁なので、結婚という考えまで及ばなかった。 色々な新たな情報が頭に入ってきて、うまく処理できない。なにか脳の病気なのだろうか。片桐さんも不思議がって考えこんでしまった。そして、 「ねえ!もしかして、あの青い薬飲んだ?」と聞いてきた。 地元にある薬局でおまけとしてくれる青い錠剤のことだろうか。あの青い錠剤を飲むとどんな願い事でも叶うと巷で噂されている錠剤らしい。ボクはいつも一人でいるからなのか、そんな噂は聞いたことがなかった。あの錠剤は精神安定剤や催眠薬だと思っていた。ボクの記憶が消えてしまっているのはあの薬のせいなのだろうか。ボクは居てもたってもいられなくなって、薬局へと向かっていた。
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