記憶

1/1
前へ
/16ページ
次へ

記憶

「すみません!」外から叫んでみたけど、もうだれもいないようだ。片桐さんと別れた時にはもうすっかり夜だったので、急いだところで薬局店が開いているはずがないのに、夢中で駆けてきてしまった。今日は実家に泊まって、また明日薬局に顔を出そうと思った。 翌朝、すぐに薬局に行った。ガラガラとシャッターが開き、おじさんはボクの姿に一瞬驚いていた。 「おおお!久しぶり!ずっと待っていたのか?今日もあの薬か?」とおじさんは元気に聞いてきた。 「あの~、あの薬って一体どういう薬なんですか。」ボクは気になる女性と話す時や緊張している時にはどもってしまうが、普段はどもらずに話すことだってできる。ただ、口数は最低限に留めているだけだ。 「巷ではなんでも願いが叶うって言われているようだな~。『病は気から』っていうだろ~。この薬を飲んで、願いが叶う奴は叶うし、叶わない奴は叶わないってだけさ。おまけの薬だからな。ハハハハッ。」 子供の頃からちょくちょく飲んでいるので、疑問に感じることなどなかった。今更ながら、なんとも怪しい薬だと思った。それでも、ボクの消された記憶はこの薬に原因があるように感じ、1錠だけもらって帰った。 (片桐さん、もとい、島田さんに関する記憶が一切ありません。全て思い出したい。どうか、ボクの記憶をすべて戻してください!) 願うように心の中で唱え、ボクは眠りについた。 目を覚ますと、ボクは全てを思い出していた。片桐さんが言ったことは全部本当だった。小学5年生の島田さんは片桐さんと同じ笑顔だった。早くクラスに溶け込もうとして、いつも元気で明るくふるまっていた島田さん。ボクは内心では友達が欲しいと思っていたけれど、どんな風にみんなの輪に入っていけばいいのか分からず、休み時間でもずっと読書をしていた。島田さんはドンドンみんなの輪に入っていって、ボクは島田さんの勇気に感心し、島田さんの行動から目が離せなくなっていた。しばらくすると、島田さんはいつもたくさんの友人に囲まれていた。 6年生になると、何人かの男子が島田さんにラブレターを渡したが、振られたという噂がボクの耳にも入ってきた。しかし、生徒会長と島田さんが交換日記をしているという噂も聞こえてきた。ボクはショックで仮病を使い、何日も学校を休んでしまった。5日目にはさすがに両親も仮病だと気づいたようでボクは学校へ追い出された。真面目なボクは素直に学校へ行ったものの、気分が悪く、学校帰りにあの薬局に立ち寄った。そこでおじさんからあの薬を初めてもらった。ボクは (島田さんのことをすっかり忘れられますように)と願った。 翌日からは島田さんに対する恋心は一切なくなり、単にいつもクラスの中心にいて、ボクとは異なる世界にいる人という意識だけになった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加