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「お疲れ様です、ATLAS(アトラス)さん。本日の予定はこれにて終了です。家までお送りしますね」 「西野さんもお疲れ様です。いつもありがとう」  僕の職業はミュージシャンだ。弾き語りシンガーという名を貰っている。幼い頃からの夢で、紆余曲折の末ようやく掴みとった。  ATLASは芸名で、本名は峰岸(むかう)と言う。西野さんは、デビュー当時からのマネージャーだ。  今は名前も売れるようになり、多忙を極めている。だが、その忙しさが、僕にとっては幸せだった。  社用車の後部座席に乗り込む。先程のフェスの余韻に浸りつつ、車に揺られた。  僕の家は、都心から少し離れた場所に位置する。実家付近での一人暮らしを求めた結果だ。県名は東京だが、大自然もある田舎っぽさ滲む場所である。  そんな土地に住んでいることもあり――電車の時間が合わない時など――こうして、よく送迎してもらった。 「そう言えば私、最近ギター新調したんですよ。店頭見てたら一目惚れしちゃって」 「そうなんだ。新しいギターどんな感じ?」 「良いもんですよ。まず第一に気分が上がります」 「それはいい買い物をしたね、今度写真送ってよ」  長い付き合いということもあり、西野さんとは仲がいい。だが、マネージャーの立場だからと彼から敬語は崩さなかった。  光の消え行く町から、横の席へと視線を渡す。あるのは古びたギターケースだ。もちろん、中にギターが入っている。 「もちろんです! もしかするとATLASさんも新しいの欲しくなるかもしれませんよー。なんちゃって! ありえませんね!」  軽快なテンポで言い切られ、はは、と小さな笑声が溢れる。 「よく分かってるね、さすが西野さん。僕は一生このギターと歩んでいくつもりだからね」 「本当に大事にされてますものねー。確か、女の子に貰ったんでしたっけ?」  そう、このギターは僕にとって特別な物だ。第二の命と形容しても過言ではないほどに。  本格的に歌の道を行く切っ掛けになったのも、心が折れそうなとき支えてくれたのもこのギターだった。それだけじゃない、今も支えてもらっている。 「うん、名前も知らない女の子にね」  貰った当初から手入れが届いており、ギターはとても綺麗だった。だから、年季は逆に良い味となっている。今も良い状態を保てているのは、持ち主に大切に使われていた何よりの証拠だ。 「その女の子、きっと今ATLASさんにあげて良かったと思ってるはずですよ」 「そうだと良いんだけどな……」  それは約十年前、十五才の秋のことだった。綺麗な夕焼けをバックに、小さな鳥が飛んでいた。  数分にも満たない、あのワンシーンを今も鮮明に覚えている。
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