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その頃の僕は、事情により進路に迷っていた。事情と言えど、内容は至ってシンプルだ。
僕の家は片親で、加えて六人兄弟という大家族だった。ゆえに貧乏で、家族を養うため就職するべきか、音楽の道に進むべきか決めかねていたのだ。
と言っても、ギターさえねだれないほどの金欠だったため、ほぼ決まっていたといって良いだろう。ただ、音楽の道を諦めきれなかった。それだけだ。
そんな折り、僕は彼女に出会った。
その日、人通りのない寂れた公園で僕は歌っていた。そしたら、突然後ろから声を掛けられた。
ただ一言、『あげる』と。目の前、ギターケースが差し出されていた時は、驚いて声も出なかった。
視線を上げた先、彼女はどうしてか目を腫らしていた。顔を見た時の困惑も、まだ鮮明に思い出せる。
絶句しつつも受け取った僕を見て、女の子は去っていった。それっきりだ。
叶うなら、もう一度彼女に会いたい。そして、心よりのお礼が言いたい。
それと、許されるならば尋ねたい。あの時、どうして僕にギターをくれたのか。そして、なぜ手放そうと思ったのか。
十年たった今でも、その疑問だけが燻っている。
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