今宵もシェリーに血を混ぜる

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*** ぱち、と目を開けると、見慣れた天井。それから、視界の端に心配そうな顔で覗き込む彼の姿があった。 癖っ毛のある亜麻色の髪が、柔らかく揺れている。 「悠さん、おはようございます。体は大丈夫ですか?」 おはようございます。その言葉に視線を彷徨わせると、カーテンが光を透かしていた。私の部屋と違い、彼の部屋のカーテンは遮光性を持たない。 どうやら、朝が来たようである。 「さく…。」 「はい?」 「みず……。」 喉が乾いていた。 掠れきった小さい声で言っても、耳のいい彼は安心したような顔で頬を緩めた。 「わかりました。少し待っていてくださいね。」 極力音を立てないように部屋を出て行った背中に、私はため息を吐く。 多分、彼は私を好きなわけではない。 というか、彼は誰かを好きになる、愛する、特別に想う、なんて感情を持っていないのだろう。 ぼんやりと感じていた違和感。その理由に気づいたのは、いつだったか。 彼は優しい。とても優しい。 けれどそれは愛情からくるものではないのだと、私は知ってしまった。 ではなぜ、彼は私を選んだのか。 私の血が美味しいからである。 その証拠に、彼は私が気絶するまで血を飲むことを止めない。 痛くて泣いても、気持ち良くて狂いそうになっても。絶対に止めることはなかった。 彼は私が好きなわけではない。 けれど、私は違う。 彼を、朔夜のことを好きになってしまった。 彼の、垂れ気味な瞳がゆるりと解けて笑う顔が好き。 甘いものが好きなのだと照れるところが好き。 真剣に医療の勉強をするところが好き。 土曜日の朝は必ず私より先に起きて、傷の手当てをしてくれるところが好き。 吸血しているとき、手を繋いでくれるところが好き。 始まりこそ勢いだったけど、私はちゃんと彼に恋をしてしまった。 彼は私の血が好きなのに。 あの優しさは偽りではない。でも、恋情故ではない。 苦しい。でも優しくされて嬉しい。 矛盾した心は、日を追うごとに軋みを増していく。 そんなことを考えながら天井を見ていると、ガチャリと彼が扉を開けた。その手にはコップに入った水がある。 「どうぞ。起きられそうですか?」 首肯して水を受け取り、ごちゃごちゃした気持ちごと一気に飲み干す。 喉に冷たさが染み込んで、やっと生き返ったような気がした。 まだ、私は大丈夫。耐えられるから。 だから、耐えられなくなるその日まで、彼の恋人でい続けると決めたのだ。 息を吐いて、私は愛しい彼に微笑んだ。 「ありがとう、おはよう朔夜。」 私の彼氏は、美しい吸血鬼だ。 だからまた次の夜も、私の全てに血を混ぜて捧げる。
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