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ぱち、と目を開けると、見慣れた天井。それから、視界の端に心配そうな顔で覗き込む彼の姿があった。
癖っ毛のある亜麻色の髪が、柔らかく揺れている。
「悠さん、おはようございます。体は大丈夫ですか?」
おはようございます。その言葉に視線を彷徨わせると、カーテンが光を透かしていた。私の部屋と違い、彼の部屋のカーテンは遮光性を持たない。
どうやら、朝が来たようである。
「さく…。」
「はい?」
「みず……。」
喉が乾いていた。
掠れきった小さい声で言っても、耳のいい彼は安心したような顔で頬を緩めた。
「わかりました。少し待っていてくださいね。」
極力音を立てないように部屋を出て行った背中に、私はため息を吐く。
多分、彼は私を好きなわけではない。
というか、彼は誰かを好きになる、愛する、特別に想う、なんて感情を持っていないのだろう。
ぼんやりと感じていた違和感。その理由に気づいたのは、いつだったか。
彼は優しい。とても優しい。
けれどそれは愛情からくるものではないのだと、私は知ってしまった。
ではなぜ、彼は私を選んだのか。
私の血が美味しいからである。
その証拠に、彼は私が気絶するまで血を飲むことを止めない。
痛くて泣いても、気持ち良くて狂いそうになっても。絶対に止めることはなかった。
彼は私が好きなわけではない。
けれど、私は違う。
彼を、朔夜のことを好きになってしまった。
彼の、垂れ気味な瞳がゆるりと解けて笑う顔が好き。
甘いものが好きなのだと照れるところが好き。
真剣に医療の勉強をするところが好き。
土曜日の朝は必ず私より先に起きて、傷の手当てをしてくれるところが好き。
吸血しているとき、手を繋いでくれるところが好き。
始まりこそ勢いだったけど、私はちゃんと彼に恋をしてしまった。
彼は私の血が好きなのに。
あの優しさは偽りではない。でも、恋情故ではない。
苦しい。でも優しくされて嬉しい。
矛盾した心は、日を追うごとに軋みを増していく。
そんなことを考えながら天井を見ていると、ガチャリと彼が扉を開けた。その手にはコップに入った水がある。
「どうぞ。起きられそうですか?」
首肯して水を受け取り、ごちゃごちゃした気持ちごと一気に飲み干す。
喉に冷たさが染み込んで、やっと生き返ったような気がした。
まだ、私は大丈夫。耐えられるから。
だから、耐えられなくなるその日まで、彼の恋人でい続けると決めたのだ。
息を吐いて、私は愛しい彼に微笑んだ。
「ありがとう、おはよう朔夜。」
私の彼氏は、美しい吸血鬼だ。
だからまた次の夜も、私の全てに血を混ぜて捧げる。
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