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三
雪芳と交わした約束はつい先ほどのことのようだ。
木立邸、いつもの表座敷にてつつましやかな庭を眺めながら茶などをすすり。あの時は、これまでにないほど長く語らっていた気がする。
雪芳は鎧の話となると、とめどなく言葉が溢れてくる――根っからの鎧師だ。
あれからもう三月は経っただろうか。
敵将を目前に、まさか野武士風情の襲撃に脅かされるとは。
戦地にたどり着くまえに賊の不意打ちを食らい、忠光は思わぬ窮地に立たされていた。
兵たちともはぐれ、ともに行動しているのは側付きの泰芳のみだ。まだ戦いに不慣れな忠光は手負いであまり動き回ることもできない。ひとまずどこかに隠れて賊をやり過ごすしかないだろう。
「ここで俺たちが生き残れば、また木立の銘に箔が付くな」
「そんなことを言っている場合ではございません。私が様子を伺ってまいります。しばし、ここで潜んでいて下さい」
泰芳と別れた忠光は、むき出しになった山肌の亀裂に身をねじ込こんだ。こうして身を隠しても半ば諦めのほうが勝る。
これまでか。骨がいくつか折れているようだ。じんわりとした痛みが体中に広がり、じっとしていると惨めになる。
帰りたい。育った寺に、駆け回ったあの山に、雪芳の屋敷に。
恐ろしさを紛らわすため忠光は身を抱いた。
そんな気分に追い打ちをかけるかのように、草を踏む音、枝の折れる音――。
人が近づいてくる。
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