緑との邂逅

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 溜息をつくのにも疲れてきたボクに、助手が一通の手紙を差し出してきた。見慣れた便箋。差出人名は書かれていないが、溜息を増産するには十分だった。 「またか」  ボクは父子家庭で育った。ボクが家を出て研究に没頭し始めたのは、親父が家に女を連れ込んでからだ。 「開封しないのですか?」  どうせ中身は毎度同じなのだ。開ける意味など無い。そのまま屑籠に投げ入れた。静かな部屋に乾いた音が耳障りに響く。  親父の女はボクの家を乗っ取っるだけに飽き足らず、こうして定期的に手紙を寄越してくる。毎度親父が危篤だから帰って来いと書かれているのだが、経験上本当に死にかけていた試しは一度も無い。 「今回こそ行ってみては?」 「うるさい」  いつもならば、そのまま手紙を無視するところだ。だが、どんな風の吹き回しか、ボクの足は実家へと向いてしまう。何となく行ってやってもいい気がしたのだ。  でもそれは、それから二日後の朝のこと。助手がどこか安堵して、何か言いたげな顔をしていたのには、ボクは全く気づかなかった。
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