Fのカケラ

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 ピンポーン  部屋のインターホンが鳴った。しかも五分くらい続いている。  忙しいときになんだよぉ。  締切前の原稿に書きこんでいた手を止め、玄関に向かう。 「こんにちは」  ドアを開けた瞬間、俺はなにも確認せずに開けてしまったことを後悔した。  目の前に立っている久しぶりに見るその女は、赤子を抱き、不気味な笑みを浮かべている。 「中で話させてくれない?」  俺の有無を確認するまでもなく、女は部屋に上がりこみ、奥のソファに陣取った。 「なんなの? 仕事の邪魔なんだけど。もう金はやらないよ」  かつて良い顔してすり寄ってきたコソ泥猫に、俺は見向きもせず、再び原稿を目にする。 「いいえ。あなたは払わなければいけないわ」 「なんでだよ」 「だって、この子のお父さんだもの」 「は?」  青天の霹靂。俺にはまったく身に覚えがない。身に覚えがないというか、そもそも俺は……。 「俺が子を作れないことを知ってるだろ。帰ってくれ」 「なによ。稼いでるくせに。認知してくれないって、言いふらしてやる。  有名作家のスキャンダル、どうなるかしら、ね」 「その子は、血のつながってない人が父親で良いと思うかね」 「ふーん。払ってくれないなら、本当のこと言いふらすけど?」 「はぁ……」  再び襲ってきた悪夢に、ため息がでる。  そうなのだ……。こいつは、俺の弱みを握ってずっと……。もう俺から離れたと思っていたのに……。 「じゃぁ、払ってくれるわね?」  頭を抱える俺を、嬉しそうに見てくる……。  俺はずっとこのまま手玉に取られ続けるのか?  否。  嫌だ。秘密がばらされるのも嫌だけど、この女のATMになり続けるのは嫌だ。 「DNA調べたら、違うってすぐわかるだろ。帰ってくれ」 「じゃぁ、これ流すけど?」  女はスマホの画面をこれ見よがしに見せつけてくる。  セーラー服を着た女子中学生が写っているものを。  それは、以前この女が部屋で見つけたときにスマホに記録された――、俺の中学卒業アルバムの写真。 「ああ。いいよ。そろそろ、ばらしてもいいと思ってたんだ。いい機会だよ」 「あっそ。このキモおなべがっ」  女は、ジェンダーフリーが叫ばれる昨今において時代錯誤な文句をたれて、部屋を出ていった。  最近じゃ、FTMって言うんだよ……まぁ、まだ世間に浸透してないようだし、偏見の目で見る者も少なくない。  だから、俺は、F(female)だったことを公にするのを躊躇ってきたけど……良い機会をあの女はくれたな。
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