雨の日の

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 雨が止まない。赤い傘の下に二人は体を寄せ合うように並び、街灯の明かりが落ちる路地を歩いていた。風もなく、雨粒はまっすぐに地面を叩いた。二人に目的地はなかった。今日は二人ともずっと歩いていたい気分だった。 「今度、プリザーブドフラワー売ろうと思ってるの」  水樹が言った。「プリザーブドフラワー?」と里佳子が尋ねた。 「お花を生きたまんまの状態で残すんだよ」 「そうなんだ。難しそうだね」 「うん。特殊な液体とか必要で」  ふぅん、と相槌を打ち、でもなんかそれっていいね、と言って、里佳子は傘を握り直した。寒いね、と言って水樹は身震いを一つし、マフラーを首元に引き上げた。里佳子は足を止めた。戸惑いながら同時に足を止めた水樹に、里佳子は「川行こう」と言って踵を返し、今歩いてきた道をさっさと戻り始めた。水樹は慌ててついていった。  河原は静かだった。二人は傘をたたみ、橋の下の砂利の上に腰を下ろした。水が目の前をさらさらと流れていく気配がする。石の冷たさが体に伝わり、二人は小刻みに震え出した。寒さに咳き込む音が橋の下に響いた。 「ここでいい?」  里佳子に何を尋ねられたのか、水樹はすぐには分からなかった。 「特殊な液体とか、いらないでしょ。私達、お花じゃないから」  水樹ははっとした。里佳子もずっと、同じものに憧れていたのだ。里佳子が水樹の手を握った。水樹も握り返した。  水樹は里佳子の肩に頭を預けて、二人の鼻と口から吐き出される白い空気の行き先をただ目で追っていた。遠くで鳴る雨音は、幼い頃に好きだったテレビの砂嵐の音によく似ていた。
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