雨の日の

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 誰が何のために泣いているのか、もはや分からない。キッチンで水樹が火傷をしたら、里佳子が泣いた。里佳子の皮膚病が悪化して陰部がより一層赤黒くただれたら、水樹が泣いた。水樹の母から「生理が止まった」という連絡が来たら、里佳子が泣いた。里佳子が町で卑猥な言葉を浴びせられたら、水樹が泣いた。日々一緒にいることを強く望んでいるはずなのに、一緒にいれば、知らなくてよかったはずの痛みを知る。水樹はよく考えた。苦しむことなくただ一緒にいるためにはどうしたら良いのだろうか。考えながらも分かっていた。それはもう、これから先の二人にとって不可能な望みであるということを。  いつからそれに気付いてしまったのか。ホームの端に立ってやってくる地下鉄を待っている時、荒れる海のそばを歩いている時、コンロから吹き出す炎を見ている時、水樹は、何物にも脅かされることのない静かで穏やかな気持ちがそっと胸を満たしていくことを知った。ほんの少しの思い切りがあればその先で手に入れられる、その人間としての禁忌に、水樹は強く憧れた。しかしそれはあくまでも憧れであり、サンタクロースが町を去っても、年が改まっても、初雪が降っても、水樹は心を痛めながら里佳子と抱き合って生きていた。思い切りの先にはきっと醜い変容がある。水樹は美しいものが好きすぎた。
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