雨の日の

2/13
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
「潤也くん、帰省してるの?仕事は?」 「やっと研修が終わったところ。数日だけ空いたから、帰ってきたんだ」   潤也は水樹の大学時代の同い年の恋人で、卒業と同時にいたって円満な手続きを踏んで別れた男だった。 「いい店だね」  潤也はごつごつした手を伸ばして、入荷したばかりのオレンジ色のカーネーションを撫でていた。  ごく一般的な女性がそうであるように、水樹も何度かの恋愛を経験してきた。潤也は2人目の恋人だった。バイト先のファミレスで二人は出会った。落ち着いた物腰や話し方が水樹にとっては好印象で、交際を求められた時には断る理由がなかった。晴れた日には一緒に川沿いを散歩し、放課後には喫茶店でお互いの好きな音楽とか映画とかについて語り合い、土曜日には大体水樹の部屋で飽きることなくセックスを繰り返した。潤也は水樹の初めてのセックスの相手だった。潤也は若い男らしくセックスが好きなようで、水樹も快楽で理性が溶けるように消え失せていく瞬間が大好きだった。一生喘いでいたい、と願ったこともあった。寝転がった彼の身体の上にまたがり、下腹部の奥をえぐられながら上下前後に腰を捻り回している瞬間、生きていることの意味を知ったような気がしていた。 「よく行ってたあのレストラン、まだやってるかな」  水樹の体の中で何かが準備を始めたようだった。部屋干ししてた下着、片付けておけばよかったな。「OPEN」の看板を店内に引っ込めながら、水樹はぼんやり考えていた。  およそ60日間誰にも愛撫されることのなかった体は、指の先で触れられただけで火を放ちそうなほど熱くなった。潤也も余裕のない喘ぎ声を常に漏らした。彼が喜ぶ場所を、水樹の指や唇や舌は的確に覚えていた。  頭のてっぺんを貫いていく快楽に、その夜一番大きな声をあげて背中を外らせたあと、水樹は冷たく濡れたシーツの上に崩れ落ちた。目を閉じている水樹の汗で湿った髪の毛を、潤也は手櫛でとかすように撫でた。水樹は心の中で呟いた。わたしやっぱり、この瞬間が大嫌いだ。快楽は引き潮のように去っていく。男はわたしの髪の毛を撫でる。空っぽなわたしの、無駄に冷たい髪の毛を。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!