お父さん

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「あら、弘美ちゃん?」  と聞かれ、「お母さん泣いちゃって。二人きりにしてあげた方がいいと思って」と説明した。「あらあら」とおばあさんは言う。近くにいたおじいさんにも挨拶をした。おばあさんはお茶を出してくれた。  しばらくするとお母さんとお父さんは二人で降りて来た。そしてソファの私の隣に腰かけた。お父さんは私たちにどうして実家に訪ねて来たのかと聞いた。 「私が行きたいって言ったの」  と言うと、お母さんがそれに重ねるように言った。 「弘美と話したの。私、弘美がそんなに気に病んでるなんて知らなくて。弘美を産んだこと、後悔なんかしてないわ。浩信とずっと付き合ってたらなんてそんなこと考えたことない。私たちはそれぞれ別々の時間を歩いて、やっと一緒にいられるようになったんだと思う。あの人と結婚したのは間違いだったかもしれないけど、弘美を生んだのは間違いなんかじゃない。弘美のおかげで、離婚してからも楽しかったし、寂しくなんかなかった。ずっとちゃんと伝えられなくてごめんなさい」 それを聞いて私は少し泣きそうになった。 「まあ、そうだな。最初に弘美が頭ごなしに反対してくるから、多分照美の伝え方が悪かったんだろうなと思ってたんだよ。もちろん大学時代からずっと付き合ってたらなんてありえないし、たとえ邪魔が入らなくても、俺たちはうまくいってなかったと思う。お互いまだ未熟だったし、照美の言う通り、これだけの時間が必要だったんだろう。  同窓会で会った時、思ったんだ。今はお互いそれぞれ大切なものがあって、その中で一緒に生きていくのなら、結婚という選択肢が一番いい。子供は親のことを予想以上によく見ている。こそこそとしていると簡単にわかってしまう。別に悪いことをしているわけじゃない。だから堂々としていればいいんだ。ちゃんと段階を踏んで、ゆっくりわかってもらえばいいんだ。そう思ってとりあえず一緒に住んでみると提案したんだけど、あまり伝わってなかったみたいだな」  ごめんなさいとお母さんは言った。お父さんは話を続けた。 「俺は弘美の高校に行った後、弘美が結婚していいと言ってくると思ったんだ。でも、今のままで自分が生まれてきたことを否定するようじゃだめだと思った。だから、わざわざ自分から言ってくるのを待った。子供は生まれてくる場所を選ぶことはできない。だから、生まれて来なかったらなんてそんなことを考える環境を与えてはならない。子供っていうのは本来、生まれて来ただけでうれしいもんなんだよ。照美はちゃんと愛情を持って育てていたと思うけど、それがしっかり伝わっていなかったんじゃないかな。時には言葉で伝えることも大事なんだ。だから俺が席を外した方がいいと考えた。わざわざ実家まで来るとは思ってなかったけど、弘美が話したいことがあるんだろ」 「うん」  私はうなずいた。そして改まってお父さんと呼びかけた。 「本当のお父さんになってほしいの。だから結婚していいよ」と言った。 「わかった」とお父さんは言った。お母さんは「ありがとう」と言いながら、やっぱり泣きそうだった。
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