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香苗姉さんは今日もぶっ飛んでいる
『酷いわ!』
パシィ!と甲高い音がテレビの中から響いた。昼ドラのワンシーン。女性が思い切り男性の頬に平手をして泣いているところである。
平たく言えば修羅場。わかりやすいまでの修羅場だ。
『貴方のこと、信じてたのに……こんな仕打ちってない!うわあああああ!』
泣き叫びながら彼女はオシャレな喫茶店を飛び出していく――それも、土砂降りの雨の中をだ。画面の中で崩れ落ちる男性。そして、いかにも悲劇を象徴するような悲しいメロディが、雨音と共に響き渡る。
それを見ていて、同居している俺の姉――超美人だがド天然で有名――は。ぼりぼりと居間で煎餅を齧りながら言ったのだった。
「なあ弟よ。私は激しく疑問なのだが」
この姉の変なところは、ハマった漫画に合わせて口調が変わることである。最近は、侍が大活躍する漫画の主人公が推しになったとかで、ずーっとこんなかんじの喋り方なのだ。大学でもそうらしい。周囲に痛い女子だと思われるぞアンタ、と俺はいつも遠い目をしている。
「なんですか姉貴様」
煎餅の皿をしれっとキープしようとしているのは見えているのだ。すかさず数枚を自分の小皿に移す俺。そんな俺に気づいているのかいないのか、彼女は画面を指差して告げた。
「何故雨が降ってるんだ。こういうシーンだと」
「は?」
「いやだから、昼ドラとか。恋愛で、男女が別れを告げるだの修羅場で喧嘩して飛び出すだのってシーン、どうして必ずといっていいほど雨が降り続けているのか気になってしょうがない。この登場人物達は、望んだ時に雨を降らす能力でも備えているのか?」
気になってるのそこなんかい!と俺は思わず心の中でツッコミをいれた。ヒーローは今でも喫茶店の中で、他の客の注目をめっちゃ浴びながらマスターに慰められているというのに。
「いや、その……大人の事情でしょ?雨降ってた方が、悲しそうに見えるから。制作側がそういう演出を選んでるってだけじゃないかな」
俺がまともな返しをすると、うーん?と姉は首を傾げた。
「わからないではない、が。それなら何で、彼女が泣き出す前から雨を降らせておくんだ。今日の回、朝にこのお男が喫茶店に来てからずーっと雨降りっぱなしだぞ。最初から“別れのシーンありますよーありますよー、だから雨降らせておきますよー”とでも言わんばかりじゃないか」
「……面倒くさかったんじゃねえの?雨降らせるのって金かかるし手間もかかるし、もう面倒だからずーっと雨降らせたまま撮影させたんじゃね?確かに演出としての意味なくなりそうなものだけど」
「その通り。全く意味がない。もっと言うと、“悲しそうに見えるから雨を降らせた”というが。……これ、悲しいシーンなんだろうか?」
天然ボケで、変なところに注目するばかりの姉であったが。
その疑問だけは、珍しくまともだった。
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