ハッピー・てるてるタイム

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 ***  大人びた女子などはすぐ、男子が提案するちょっとした遊びなどを“馬鹿らしい”と蹴りがちなのだが。幸いにして、俺の意見はあっさり彼女達にも受け入れられたらしかった。俺の人望云々もあるが、どうしてそういうことを言い出したのかよくわかっていたからというのも多いのだろう。  去年二組だったのは、村松蓮(むらまつれん)小堀夢見(こぼりゆめみ)秋田勝利(あきたしょうり)の男女三名。彼らは揃って、運動よりも図画工作などが特異な大人しい者達であったのである。特に村松君は、先日の図工の時間で小学生離れしたとんでもない粘土作品を仕上げてきてびっくりされたばかりなのだ。まるで、今にも動き出しそうなほどリアルなアシカだった。ものを作っている時の彼は、普段の沈んだ雰囲気が吹き飛ぶほど目を輝かせていたのでよく覚えているのである。  相手を知るなら、その相手が好きなものを理解して寄り添うのが一番早い。短い人生の中でも、俺はそういうことはしっかり学んで今に至っているのだ。 ――俺は毎年、絶対クラス全員と友達になるって決めてんだ!お前らだって絶対友達にしてみせるからな!  そう、そんな意気込みでもなければ、みんながやりたがらない学級委員を連続で引き受けたりなどしないのである。 「てるてるぼうす、お前らみんなで作るぞー!大量の布やら紐やらリボンやらペンやらは俺が自分ちから持ってきてやったぜ喜べー!」 「いえーい!」  翌日。先生そっちのけで、道徳の時間にやることはそれで決まった。教室の八割が拍手で盛り上げてくれたから、先生もそれがダメだとは言い出しづらかったのだろう。本当は図工じみた作業より、みんなでディベートでもして欲しかったに違いない。あるいは道徳やらなんやらに関する話し合いみたいなもの。――残念だが自分達にはもっと大事な問題が目の前に転がっているのである。  とにかく遠足の日を晴れさせなければいけないのだ。それも、全員友達になった上で。 「小さいのを一人で作ってもよし、大きいのや中くらいの他の奴と協力して作ってもよし!一番晴れにしそうな面白いの作った奴が優勝なー!」 「委員長ー!ウ●コ型でもいいんっすかー?」 「はい馬鹿がいたー!それ学校の外から見える位置にも吊るすんだからな。名前つきで吊るされても恥ずかしくないならどうぞー?」 「さすが委員長容赦ない!」  女子に冷ややかな目で見られつつ、今日も鈴木少年は絶好調だ。ぎゃいぎゃいと騒ぎながら自由に皆がてるてるぼうずを作り始めたのを見て、俺はこっそりと自分の席を離れた。目指す先は、元二組のところである。 「村松君、てるてるぼうず作らないの?そういうの好きそうなのにさ」  わかっていたが、あえてあっけらかんと尋ねた。すると眼鏡の少年はどんよりとした顔でこちらを見上げてくる。自分の席に、背中を丸めて座った少年の目の前。机の上のてるてるぼうずの材料は、いまだ手付かずのままだ。 「……好きだけど、でも」 「晴れない方がいいか?」 「…………」 「遠慮しなくていいって。わかってる。全体行動ってやなもんだよな。そういうのが苦手なやつは、遠足も修学旅行も行って楽しくないもんだしな」 「……ごめん」  ごめん、と謝る気持ちはあるらしい。皆が楽しみにしている遠足なのに、自分はそうは思えない。いっそ中止になってくれとさえ願ってしまう。本当は、そんな自分が一番嫌でたまらないのだろう。 「みんな楽しみにしてるのに、楽しめる気がしないんだ。班行動って言っても、委員長達の班と一緒に二班ひと組で行動するし……迷惑かけたら申し訳ないって。その、何が迷惑かわからないから。髪型とか、眼鏡の色とか、服の色とか、おやつの種類とか弁当の中身とか……」  きっと、村松君は去年――そんな小さいことでいじめグループに目をつけられ、ねちねちと悪口を言われたりハブられたりを経験したのだろう。  もうその最悪な連中はいない。主犯格が転校し、その取り巻きどもも他のクラスにバラバラになったからだ。そして、今の自分達のクラスには取り巻きメンバーは一人もいない。それは本人もわかっているはずである。  わかっているのに、抜けないのだろう。一度怖いと思ってしまったものの、癖は。 「その二班ひと組っていうの。先生に提案したの俺なんだって、知ってた?」  俺がそう告げると、え、と村松君は目を丸くする。 「村松君達と話したことなかったから、話してみたくてさ。班二つ一緒に動かすのと同時に、俺の班と村松君達の班をペアにしてくれるように頼んだんだ」 「な、なんで」 「だから、話してみたかったんだってー。あと、個人的に絵が上手くなるコツも伝授していただきたく。お前、その様子だとしおりも、バスの座席表も見てないな?村松君は俺の隣の席だぞ。移動中いろいろ教えてくれよ。俺みんなからずーっと“画伯委員長”って言われてるんだよ、見返してやりてーよ!」  ちなみにこの画伯、という呼び名。青少年の間では絵が上手いという意味で用いられることは非常に少ないと知っている。とんでもない下手クソか、あるいは理解しづらいほど前衛的であると言われるらしい。前衛的というのがいまいちよくわからないが、褒められないことだけはわかっているのだ。――自己紹介イラスト、何故自分の顔を書いたはずなのに“リア充が爆発したの?”なんて感想をもらわなければいけないのか。 「な、頼むよ。てるてる坊主作ってくれ。ていうかそっちもうまい作り方教えてくれ。すぐ中身が飛び出してゾンビみたいになっちまうんだ!」  矢継ぎ早にそう言うと、彼は――どこか照れたように視線を逸らして告げた。 「……僕と話しても、面白いことなんかなんもないよ」  少しだけ。少しだけ心を開いてくれた瞬間を知る。あとはその扉に、俺がぐっと力を込めてこじ開けるだけだ。その向こうにはきっと、今まで見たこともない景色が広がっているはずなのだから。 「面白いかどうかは俺が決めるんだ!少なくとも俺は今だって、とってもわくわくしてるけど!」  な!と笑顔でてるてるぼうずの材料である布と紐、中につめる綿を見せてやれば。彼はちょっとだけ躊躇った後、俺に言ったのだった。 「……貸して、上手なやり方、教えるから」
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