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残ったのは、電車を遅延させてしまった賠償金のための借金。
そして、二十歳になる前に逝ってしまった娘の遺骨だけだ。
父と娘の初対面は、悲しいものだった。
元妻は高校の入学式以降、娘の写真など撮っておらず、娘のスマートフォンのフォルダから自撮りしていた写真をプリントアウトした。
娘と仲の良かった家政婦は、母娘のやりとりを極めて機械的なものだったと語る。
「お嬢様のはじめてのわがままにも、奥様は『私の娘だとわからないようにやって頂戴』と答えられていました」
家政婦が語る母娘のやりとり。
娘のわがままというのは、髪を染めたい、可愛い洋服を着たいというものだったらしい。
女の子として、娘が願ったこと。
目立たないように生きろと母に言われ続けた娘の、ささやかな我儘。
それすらも母は軽くあしらった。
知らなかったことを次々と知らされた父親。
娘と父が向き合えれば、そんな機会があったとしたら、違った未来があったのかもしれない。
「この世界に救いはないのか」
どうにもならなかった過去。
もう戻らない娘。
あったかもしれない、幸せな日々。
そんな下らない妄想。
過労で混濁する意識。
闇に落ちていく心。
『その願い、叶えましょうか』
男の視界がぐらりと揺れる。
同時に聞こえた声。
男のようでもあり、女のようでもあり、老人のようでもあり、子供のようでもある、不思議な声。
『さあ、こちらへおいでなさい』
眩しい程の光に目を閉じて堪える。
再び目を開けたときには、教会にいた。
女神の像と向きあっていたのは、幼い少女。
それは、一人娘の父親だった男の成れ果て。
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