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笑わない理由
お父さんは鬼のような顔をしている。
小学生の頃、家に初めて遊びに来た友達は、父の顔を見て逃げるように帰った。
中学生の時、家庭訪問に来た新任の先生は、面談中、父と一回も目線を合わせなかった。
高校生になって、初めて彼氏が出来た時も、父に彼を紹介したら次の日には理由をボヤかされ、フラれてしまった。
「お父さんは顔が怖いからね。奈々の彼氏はビビったんじゃないの?」
母はそう言って、人生初の失恋を慰めてくれた。
お父さんの顔が怖いのは今に始まった事ではなかったので、今度からは家に彼氏を連れて来るのはやめよう、と心に誓った。
それでも私は父の事は好きだった。お酒も飲まず、タバコも吸わず、ギャンブルもせず真面目に仕事に行き、私と母を養う父を尊敬していた。時々冗談を言うけれど、顔が怖いから面白くもなんともなかったけれど。
そんなこんなで、父は私の人間関係に少なからず影響を及ぼしていたのだけれど、父自身は見た目の怖さの割に人がよく集まった。周囲の人は父の中身を見てくれているのだと思うと娘としては嬉しかった。
基本が怖い顔なので、笑ったらもっと印象が柔らかくなり、父の良さが伝わるはずだと思ったけれど、父はにこりとも笑わなかった。
現に今もお笑い番組を見ながら、般若のような顔をしている。父の表情だけ見れば、2時間サスペンスのヤマ場で犯人が判明しそうな緊迫した場面を見ているのかと疑う表情であるが、テレビではパンツ一枚の芸人が「なんでやねーん、どないやねーん」と軽快なツッコミをし、たぷんたぷんしたお腹を揺らして飛び跳ねている。
テレビ内容と、テレビ観賞者の灼熱と氷点下の温度差。
「お父さん、なんで笑わないの?」
「それは秘密だ」
「なんで秘密なの? 芸人さんのジョークめちゃくちゃ面白かったよ」
「お父さんは面白いとは思わなかった」
「うそぉ! ちょっと肩揺らしてたじゃん」
「咳を我慢していただけだ」
何度か父が笑いたそうにしているのを見た事があるが、肩を揺らして我慢し、わざとらしいクシャミや咳をするぐらいで実際に父が大笑いする場面を見た事がなかった。
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