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慎は父と約束を守りせっせと夕食を食べにきた。父は相変わらずにこりともせず、慎と会話をしていたが、仕事はどうだとか、体調はどうだとかなどと二人は徐々に距離を詰めていった。
最初は父の顔にビビっていた慎だが、父が実は顔が怖くて笑わないだけで、中身は優しいことが分かると、慎の方からも積極的に父の体調や仕事を気遣う言葉が発せられた。私はそれを聞いて、彼と付き合って良かったと感じていた。
「親父さん、良い人だよな」
いつもの夕食後、駅の近くまで慎を送った時に彼は言った。
「うん、顔は鬼だけどね」
「そうだな。顔は怖いな」
「しかも、笑わないしね」
「笑わないな。理由があるんじゃないのか?」
私は首を傾げた。
「理由ねぇ。聞いたことあるけど、秘密だって言われちゃった」
「……そうか。まぁ、優しい親父さんだから、悪い秘密じゃないだろう」
「そうかな? 怖い顔が板につきすぎて、笑い方忘れただけじゃないのかな?」
慎は、そんなことはないさ、と言って声をあげて笑った。
*
父と慎は私が知らない間にどんどんと仲良くなった。父は鬼のような顔をしているのに食の好みは甘党で、慎がくる日にはデザートを買ってくるようになった。慎も甘党だったので、二人で食後はスイーツを食べ、お互いに感想を言い合い話に花を咲かせていた。
「あの二人、気が合うのねぇ。単純同士だからかしら。娘はやっぱり、父親に似た人を連れてくるんだね」
母は夕食の片付けをしながらそう言った。
「え? 慎とお父さん、全然似てないよ」
「ふふふ、奈々にはそう見える? お母さんには似てるように見えるよ」
「慎は単細胞だけど、いつもにこにこしてるし、お父さんは鬼のような顔で、笑わないじゃん」
「笑わないわね。昔はよく笑ってたけどね」
「え?」
「おい、母さん、不必要な事を言うな」
父が母の言葉を耳にして口止めした。
「え? お父さん昔は笑ってたの?」
「そうよ、お父さん、昔はあんな怖い顔してでも笑ってたのよ」
私は父が笑わないのが益々気になり始めていた。
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