笑わない理由

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*  慎が家に夕食に通い始めて三ヶ月経った頃、父は突然 「お前達、結婚はいつするんだ」 と、言った。 「お義父さんそれって……」 「まぁ、慎くんがどんな人物か分かったからな」 父は慎に向き直って頭を下げた。 「不出来な娘だが、私にとっては大事な娘だ。よろしく頼む」 「いや、えっと、こちらこそ、娘さんを頑張って幸せにします」 慎はそう言って、父と同じように頭を下げた。 *  結婚の許可が父から出たため、私達は準備を進めた。母は昔の写真を出してきて、思い出を振り返るようになった。母のその背中を見ていると急に嫁ぐ事が寂しく思えてきた。アルバムをこっそりと覗くと、父が幼い頃の私を抱っこし、怖い顔で写真に写っていた。 「ここでも笑ってないね」 「……そうね。もう、笑ってもいいのにね」 母の言葉に、私は首を傾げた。 「どうして、お父さん笑わないの?」 「それはーーー」 「母さん、このアルバムの方が古いぞ」 一緒にアルバム整理をしていた父の登場によって、またも笑わない理由を聞きそびれてしまった。 *  結婚式の日は快晴で、抜けるような空が広がっていた。 ウェディングドレスに身を包み、なんだかあっと言う間に時間が過ぎてしまったように感じた。直前のリハーサルで式場のバージンロードを歩く練習を父と行った。  父は鬼のような顔に汗を浮かべて、花嫁の私より緊張している様子だった。 「お父さん、怖い顔が益々怖いよ。笑顔、笑顔」 「そんなに簡単には笑えん」 「なんで、笑わないの」 私の質問に、父はふぅぅぅと深い息を吐いた。 「そうだな、もう、嫁に行くし隠さなくてもいいか」 「うん」 「奈々が赤ちゃんの頃、あやそうと笑ったら、泣かれてしまったんだ」 ん? 私は耳を疑った。 え? それだけの理由で今まで笑わなかったの? 「そうよ、お父さん、奈々を初めて抱っこした時に泣かれたのがショックで、それ以来自分が笑うと益々怖くなるからって、笑わなかったのよ。娘を泣かせたくなかったから」 母の言葉に私は目を見張った。 父を見ると、照れ臭そうに頭をかいた。 「歳を取って出来た子だったし、可愛い娘だったからな。出来るだけ泣かせたくなかったし、笑わせてやりたかった」 「お父さん、自分が笑ったら私が怖がると思って笑わなかったの?」 「……そ、そうだな」 父は引きつったように頬を上げた。頬が小刻みに揺れる。何十年ぶりかの父の笑顔は下手くそだった。笑顔を作っているつもりだろうが、泣きそうな困っている表情に見える。 「何それ、…お父さん、私の為にそんな事を気にしてたの?」 目頭が熱くなった。 私が目元を抑えるのを見て、慎と父が同じようにオロオロし始めた。確かに二人はよく似ている。父親と似たような人を選ぶと母に言われた時は否定したが、あながち間違ってはいなかった。 「もう、笑わないのも卒業だな、幸せになれよ、奈々」 父の笑顔はやっぱり般若のように怖かった。けど、その笑顔は私の気持ちをとても暖かくさせた。 「お父さん、もう笑っても大丈夫だよ」
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