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ドーナツ公園の穴の部分に構えられている噴水には人魚が棲んでいるらしい。森口有茶という女子は、そこで走り込みの練習をしていたところ、噴水の底のほうから囁き声が聞こえた。しばらく水面を見詰めていると、いきなり腕が出てきて、森口有茶を引っ張り込んで、、彼女は溺れ死んだ。
「おれは彼女が飛び込んだのではなくて、人魚に引っ張り込まれたとみている。」
徳井海斗の根拠のない推理は、どのようにして生まれるのだろうか、と、富山隆史は思った。しかしながら、制服少女が噴水を眺めていて、その水面から得体の知れない腕が彼女の方へ伸ばされている光景を想像してみたら、力作に相応しい可憐な絵になるのではないかと考えた。
彼女は自分から飛び込もうとしているのか、それとも連れてかれそうになっているのか、どちらとも取れるような、そういう曖昧な表現も織り混ぜてみよう。
そうやって絵の構成を考え出した、富山隆史には、考え込むと尿意を催す癖がある。
「徳井、ちょいトイレ行ってくるわ。」
富山隆史は、小便を他人に見られたくはないという繊細な感性を持っている。かといって、個室に入れば、大便をしているのではないかと勘違いされるだろう。これは男子は男子ならではの羞恥心かもしれない。
富山隆史は三階奥にひっそりと設けられているトイレに入った。ここのトイレは一年生や二年生は先ず入ることはなく、三年生でも中々立ち入ることのないトイレである。
小便器の前に立ち、用を足す富山隆史。後ろの個室から泣き声が聞こえる。啜り泣きで、声を殺しているようだが、それでもタイル張りになっているトイレでは十分に声は反響する。
余程、悲しいことがあったのだろう。けっこう泣きじゃくっているじゃないか。
富山隆史という中学生は他人にたいしてずけずけとものを言う性格だ。いい意味でも悪い意味でも、何か変わったことがあれば、声を掛けてしまう。
この前、クラスメイトの釜田萌がショートカットにしてきた。普段、富山隆史は釜田萌と話すことはない。しかし、その髪型を似合わないと感じた富山隆史は釜田萌に向かって、ダサい髪型になったな、と言った。結果、性格の明るくない釜田萌は、顔を隠して、その場から立ち去って行った。
そういう風な振る舞いをしているから、男子はともかく、女子にはめっぽう嫌われていることを富山隆史は知っては知らぬふりをしている。
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