ナショナルX

2/6
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「はあ、えっと……お電話で、説明はひととおり受けましたが……その……本当なんでしょうか……」  隣の亮子さんはまだまだ信じられないみたいで、言いながら不安げにオレを見る。オレの顔に答えが書いてあるわけでもないのにね。こんなにビビってる亮子さんはめずらしい。  黒い人(その1)は少し表情を崩して、つまりは笑みみたいなものを作って、テーブルの上で両手の指を組んだ。 「動揺されるのも御無理ございませんが、間違いなく、国からの正式な依頼でございます。去る某月某日の世界首脳会議におきまして、国歌や国旗のように、国の顔――『国貌(こくぼう)』を指定することが最終決定されました。『国貌』に選ばれた人の顔は、国を表すシンボルとして、今後行われる様々な国際会議、式典、大会等に掲示されることとなります」 「………この子は何をすればいいんですか?」 「ええ、特別なことをする必要はございません。指定されたからといって、新たな義務や権利が発生する性質のものではなくてですね。写真を提供いただいて、今申し上げたような場面において使用することを承諾いただければ結構です。また、指定するのはあくまで顔……容貌のみであり、Xくんの名前等を写真と紐付けて発表することはありません。『国貌』への指定は、彼の私生活には何ら影響を及ぼすものではないと考えております」 「は、はあ……………」  亮子さんの呆気にとられた声を聴いて、オレの口からも同じような息が漏れ出しそうになった。  事前に亮子さんから「政府の人から電話があってね、Xの顔を、国の代表の顔にしてもいいですかって言われたよ……」と告げられていたのは幸いなことだった。初めて接する情報が今の黒い人(その1)の説明じゃ、0.5倍速にして3回くらい繰り返して聴かなきゃだめだったろう。こっちの頭の中がうねうねしてきて、言葉と言葉が全く連結しない感じ。  亮子さんは電話でこの話を受けたとき腰を抜かしそうになったらしく、実際、脚をがくがくさせながらオレのところにやってきた。「宿題なんてあとでいいから今すぐおいで!」なんて言われる日が来るとは思っていなかった。「なんでXだけ!」っていう周りのやつらの嫉妬と羨望に満ちた声援(と受け取ってもいいだろう)を一身に受けた快感は忘れられない。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!