僕らは選ばれている

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「・・・こんな場所があったんだな」 杉本は雑木林から、小屋が見えたところでそう言った。 ここ最近は、独りぼっちになってしまい向かう足が重かったのだが、今日は違う。 小屋から物音が聞こえてきたのだ。 「もしかして・・・」 まさか本当に来ているとは、思ってもいなかった。 だからもう一度彼に会える喜びで、急いで向かう。 だけど――――ドアを開けて見えた光景は、信じられないものだった。 「あああああぁぁぁ!!」 「松崎!!」 小さいボロの台に乗り、天井からは一本のロープ。 それは彼の首に、しっかりと巻き付いていた。 緊急事態だと判断した僕は、彼めがけて全力で走り身体を支える。 その際に、衝撃でボロの台が壊れてしまった。 「何で、こんなことをやってんだよ!」 「・・・僕は、生きていちゃいけないんだ」 僕の吠えるような声に、弱々しく応えた。 そのうちに杉本もやってきて、一緒に彼の身体を支える。 「どうしよう、杉本くん。 このままじゃ・・・」 「俺が身体を支えている間に、お前がロープを何とかしてくれ」 ジタバタと身体を揺らす松崎くん――――杉本が名を呼び始めて知った――――を見るに、何が起きてもおかしくはなかった。 「大人しくしろ! じゃないと、また殴り付けるぞ! 櫻木、早く何とかしてくれ!」 その言葉を聞いて、松崎くんの顔に貼られた絆創膏に目がいった。 ――――これだ。 僕は小屋の隅へと走り、床板を外すと救急箱を取り出した。 僕の手当てをしていた時に見たから憶えている。 そこに包帯を切るためのハサミが、入っていたことを。 「今切るから!」 どうやら松崎くんは、それを見て観念したようだった。 「まさか、あの時の救急箱が裏目に出るなんてね・・・」 僕らは秘密の小屋で、向き合って座っていた。 「そんなことはどうでもいいよ。 どうして、こんなことをしたの・・・?」 「二人が一緒っていうことは、僕の目論見は上手くいったんだ」 杉本は不満気に胡坐を組み替える。 「俺たち、謝りに来たんだぞ。 なのに、どうして死のうとしてんだよ。 お前の母ちゃんのことは、そりゃあ辛いのは分かるけどさ」 「・・・お母さんだけなら、まだ、頑張れたんだけどね」 「どういうことだ・・・?」 「子供以上に、大人の問題は深刻だった。 お母さんは罪の意識と、周りからの責め苦に追い詰められた。 そして、それはお父さんにも及んだ。  “犯罪者の家族”って言われて、会社に居場所がなくなって、一人どこかへ消えてしまった」 松崎くんは、悲し気に目を細めた。 「櫻木くん。 この小屋は、僕のお父さんが不器用なりに作ってくれた思い出の場所なんだ。 本当はね、あの日、初めて会った日、ここには死ぬために来たんだよ。   だけど君がいじめられていたのを見て、すぐに原因が僕に関係していると分かった」 「だから、話を聞いてくれたの・・・?」 「それが、僕が最後にできる唯一のことだったからね」 僕は馬鹿だ。 本当に助けが必要な人に助けてもらって“君にこの苦しみは分からない”なんて、酷い言葉を吐いて。 何も分かっていないのは、僕の方だったというのに。 杉本が、怒鳴り付けるように言う。 「馬鹿野郎! 何で、そんなに苦しんでいるのに俺に言わねぇんだよ! 幼馴染だろ!?」 「・・・だって君は、僕のことを恨んでいただろう?」 松崎くんは、それでも杉本に僕のことを一人で話にいった。 両親を失い、殴られて、それでも僕を助けてくれた。 僕の目からは、涙が溢れて止まらなかった。 「どうして君が泣いているの?」 「だって、僕は君に酷いことをしたんだ。 なのに、助けてくれたから」 「僕がいなかったら、君はいじめられることもなかったんだよ」 「そんな、たられば、に、意味なんてない。 君が死んだら、僕たちは一生後悔する」 「櫻木くん・・・。 僕、最初に君のことを見た時、ホッとしたんだ。 本当は、死ぬのが怖くて・・・」 松崎くんと杉本も、もらい泣きなのか何故か泣いていた。 僕たちは自然と肩を寄せ合うと、わんわんと泣く。 涙が枯れる程に泣いているうちに、日が落ち辺りは赤く染まっていた。 「俺たちは、三人共母ちゃんを亡くし、その辛さを痛い程に知っている」 「そうだね」 「だから、俺たちは今日から同じ痛みを共有した仲間だ」 「・・・ちょっと違う気もするけど、仲間っていうことには賛成だ」 杉本の言葉に賛同すると、松崎くんが不安気な表情を覗かせた。 「こんな僕でも、仲間にしてくれるの?」 「当たり前だろ」 「松崎くん、僕、お父さんに君を助けられないか相談してみるよ。 僕らは命に選ばれて生まれてきた。 だから、ぞんざいに扱っていい命なんてないんだから」                                                                   -END-
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