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それは綺麗な友情などではなく、かと言って目も当てられないようなものでもなかった。
強いて言えば、互いの副流煙を吸い合うような、そんな実のない関係。
ただ、他人と呼ぶには少々近すぎる。が、友達だなんて思った事が無い。
親友など馬鹿げているし、悪友なんて青臭い。
そんな折、彼女は言った。
「私たちって共犯、みたいだね」
なるほど、それならしっくりくるし、腑に落ちた気がする。
関係を保つための共感のドラッグも、その場を繋ぐ愛想笑いの義務も僕らには不必要だった。
互いに負のはけ口を探していた僕らは、たまたま利害が一致しただけで、そこに感情など無かったから。
明かりの灯らない教室で、僕らは放課後、子供じみた悪い事をする。
かつては教室という名を存分に発揮していたこの場所は、今や物置同然だった。
毎度のことながら辛気臭い場所だと思う。
古ぼけたピアノ。色あせたソファ。シミだらけのカーテン。
傷だらけの床は歩くたびに軋む。
この気味の悪さと言ったら筆舌しがたいし、時間という概念も手放してしまったかのようだ。
そんな場所で吐き出した有毒な煙はまるで天にのぼっていく霊魂の様で、つい目で追ってしまう。が、いつのまにか景色に溶けてしまった。
すると彼女は、その様子を見て僕に煙を吹き掛けた。
ほのかにメンソールの香りがした。
その発見の代償に、むせ返る喉。苦しげに咳込むと、彼女は笑う。
今度はちゃんと見えたでしょ、煙。
普段からこういった行動をする彼女は、非常に掴み所のない女性だと思う。それか、あえて掴めないような立ち振る舞いをしているのだろうか。考えたって理解のしようがないのだけれど。
僕も同じように煙を吹きかける。すると彼女は手を仰いで、すぐ様それを打ち消した。煙を見せてあげようと思ってさ。と言うと、少し不機嫌そうな表情を浮かべる様子が面白い。
慣れてもいない煙草に手を出して、人目を忍んで煙を蒸すのは存外気持ちの良いもので、今じゃ当然のようにその行為を繰り返す日々だ。すっかり日常の一部になっている。ルーティン。中毒。
それが、成分によるものなのか。気持ちの問題なのかは、僕にはわからなかった。
呼吸するたびに互いの火種に鮮やかな色が灯る。
この部屋と対照的なそれは、とてもとても美しかった。
紫煙の充満した部屋はとても煙たい上に、煩わしい。
でも僕にとっては、ここだけが世界で最も安心する場所だった。
ここから一歩外に出れば、やれ成績だとか進路だとか。家庭環境だとか。背負いたくもないものばかりがのしかかってくる。
だから、この思春期の妄想の1ページような行動が僕らにとっての現実で、唯一の反抗だった。
でも、それも思い出に変わろうとしている。
高校3年。受験。卒業。
この3つのワードが僕らに適用されない訳は無かった。
幸いなことに、僕は高校からの持ち上がりで大学に転がり込む事が出来た為に、他の同級生たちよりは浮かれていた。目に見えるほどでは無いけれど。
だが彼女はどうなのだろう。
僕は彼女については知らない事の方が多い。
というより、知ろうとしていない。
知っているのは銘柄と、ヤニの摂取量くらいのものだった。
ここを喫煙所と見立てるなら、僕らはただ居合わせた喫煙者。同じ紫煙に包まれた1人と1人。
それが毎回、同じタイミングなだけ。
まぁこれが、いつまで続くかはわからないけれど。
だから、彼女がここに訪れる回数が減少した事について、取り立てて騒ぐ事ではなかった。
「そういえば、もうそろそろ、ここ来るのやめるから」
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