紫煙と予兆

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そう言われた今日だって。 僕の口から飛び出したのは当たり障りのない薄っぺらな応援メッセージだった。 あのシンプルな禁煙宣言後から数日、彼女は本当に姿を現さなくなった。 と言っても、最後の3日間は本当に1本吸うか吸わないかくらいの短い滞在時間だから実質、居ないようなものだった。 彼女はふらっと現れたかと思うと、小さな単語帳を忙しなくめくったり参考書をチラチラと見ると言った行動を繰り返し、たまに僕に助言を求めてくるのでスムーズに応答した。 幸いにも、僕はそれなりに頭が良かった。 掴み所のない彼女のそんな一面を見るのは初めてで、少しだけ面食らった。 同時に、彼女は理系が苦手という事実もここで知った。 全くもって皮肉だ。1年と少しを共に過ごしていてそんな事も知らなかった。 いくらでも知る事が出来た事だったのに。 こんな事さえも話した事がなかったのだ。 最後の交わした会話はとてもシンプルなヤニトークで、特筆すべきところは何もない。強いて言うなら、「餞別だよ」と僕のポケットに煙草を無理やり詰めて行ったくらいだ。 そして、ここに訪れるのは僕だけになった。 喫煙所の常連が僕だけになった今、僕1人分の肺が侵される事になった。自己加害というやつだ。 肺にいれるこの感覚が、心地よい。 煙を燻らせながら、ふと思い出す。 この中毒は、成分によるものなのか。はたまた気持ちによるものなのか。 そんなくだらない自問自答に、1人になった今だからこそ僕は答えを見出してしまった。 成分でも気持ちでも、無い。 そんなのは、どうでも良かった。 あの心地よさは彼女と過ごすあの時間が引き起こしたもので、結局僕という人間は彼女との日々を1人と1人ではなく、2人と思っていたのか。 馬鹿みたいだ、と力なく笑う。 三文小説にもならないオチ。つまらない演劇のようなオチ。 残されたのはおめでたい頭の僕と、手渡された煙草。 彼女にとっては、本当にお役御免なのだろう。 中身は1本も減っておらず、いつもくしゃくしゃにして胸ポケットから出していた癖に、随分綺麗な四角形を保っていた。 新たに買ったという事だろうか。今じゃわからないけど。 口に加えて、軽く吸い上げる。 着火音。テラテラと燃える火に、先端をかざす。 口いっぱいに広がる苦味と、喉を伝って肺を侵す煙に頭がクラクラとする。 知らない味だ。 思わず手の内の箱を見つめ、そして思い知った。 僕の知る彼女の銘柄は8mgだったはずなのに、手渡されたそれは1mgだったこと。 嗅ぎ慣れてはいても、それが僕の知らない新しい銘柄だということ。 水面下で、進むための準備をしていたこと。 「...タールは重い方が好きって、言ったじゃないか」 僕の中の彼女は「だからなぁに」と笑うのだ。 彼女は負を吐き出すこの場所より、吐かなくても良い場所に行く事を選んで、ここから去った。 受験はおそらくきっかけだったのだろう。 名残惜しくはない。苦しくもない。それなのに、勝手に裏切られた気持ちになって、1吸いで火種を消す。 それでも漂うメンソールの香りは消えてくれなかった。 別に泣くような事でも、怒るような事でも無いのに。 僕の心は切なさでむせ返りそうだった。 明かりの灯らない教室で。 僕は放課後、静かに決別した。
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