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それからも、全くアイデアが浮かばない私をみかねて、先生は言った。 「ふむ。じゃあ質問の仕方を変えよう」 「変える?」 「君はどう過ごしたい?」 キョトンとしてしまった。 本質的な事は別に変わってないじゃないかそれは。 「は?もっと有益な言い方すると思ったのに...」 「本当に口が悪いな...まぁいいから答えて見なよ、」 「そりゃまぁ、楽しく過ごしたいよ」 「うん、そりゃそうだよね。じゃあ楽しく過ごすためには、何が必要だと思う?」 「金と暴力とドラッグ?」 「そんな洋画の小粋なジョークはやめてくれ、今のは聞かなかった事にするから真面目に言ってくれ」 時間を有意義にするためには。 考えたこともなかった。 何がしたいか、という漠然とした考え方に囚われ過ぎていた事を痛感する。 流石先生だ。上手い事、その舌先で言葉を並べて私の考えを深いところから引き出そうとしている。 頭で考え、心に落とす。 私はまた思考する。そしてそれを頭脳だけで無く、自らの心にインプットする。 そしてある答えに行き着く。 「少しの刺激と、好奇心。あとは___感動、かな」 「いいね。冒険みたいなテーマだ。じゃあそれを踏まえて、その3つを全て味わう事が出来る事柄はなんだろうね」 「それはわかるよ。初めての体験。これに尽きる。」 「素晴らしい。僕もそう思う。じゃあ更にそれを実現するのに、君がしたい事は?」 先生の顔が、いつに無く緩んでいる。まるで子供をあやすような、暖かい笑みが顔に張り付いている。でも私は、その微笑みに対して少し嫌な顔をしてしまった。 そして、消したはずのある感情が静かに静かに蘇ってくるのを心の内で感じ取った。 私はいつだって、自分に嘘をついて生きていける人間だ。 制限された生活。制限された活動区域。それによって培われたのは、諦めという思想。 そして、それによって失ったのは願望。 この人は、それを知っている。何も言わずとも、わかっている。 「どういうつもりなの先生」 吐き捨てた言葉に彼は相変わらずの微笑みをこちらに向けている。 「それは叶えられない事なんだよ先生」 そう。 もう再三、思った事だ。そして、思っては否定で塗りつぶす事を繰り返した解答だ。 先生は意地悪だ。わかってて、私の口から思考の結果を紡ぐ事を促している。 ひどい人だ。でも、それは決して悪意ではない。先生なりに私を励まそうとしているんだろう。 仮初を願う事。無意味な事。リアリストの私は知っているのだ。 「言うのは自由だよ。思想、言論の自由が定められた国だからね、ここは。」 冗談めかして言う彼に、私は少しだけ苛立ちを覚えた。 これはいつもの私のブラックジョーに対しての仕返しなのだろうか。 「ほら、言ってごらん。君のしたい事を。」 だなんて。 ふざけているのかコイツ。 とうに忘れた事をぶり返す。 かさぶたが消えかけてようやく治った傷跡を爪でえぐり取るような行為だ。 責任なんて、取れない癖に。 「先生、私は__________」 でも。それでも。 わかっていても、口に出すことくらい許してほしい。 だってどうせ、この体はそう長くないんだから。 窓の外は既に闇の帳が降りている。 きっと全てが眠りにつく頃合いだ。 ...だったら、神様にだって聞こえない。 聞いているのは先生だけだ。 「____________私は、この目で海が見たいよ」 でも、それは先生には叶えられない事であり。私にも実行できない事だから。 そう言って私の体は無意識のうちに、先生の事を病室から追い出していたのだった。
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